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September 28, 2005

沖縄基地問題

私のMLへのコメント

それぞれおっしゃっていること基本的にはわかりますが・・・・。

・日米関係、日米安保は日本の安全保障に不可欠である。
・米軍事基地が沖縄に片寄っていることは明白であり、沖縄県人の反発、基地分散の要求は当然である。日本  人全体の防衛意識を高めるためにも、より多くの基地を本土に移すことも必要である。
・中国は今や日本にとってアメリカ以上、最大の貿易国であることを忘れてはならない。
・韓国、北朝鮮はいずれ統一の方向に向かう。その二つが統一することが対日感情をさらに悪化させるか。その  逆であろう。統一によって韓国は大変なお荷物を背負いこむことになり、日本の経済援助を当てにせざるをえな くなる。

衆議院で2/3の議席を確保したとたん、自民党内で憲法改正の動きが急速に高まってきた。公明党がそれを牽制している。

憲法改正の一番の問題はいうまでもなく、9条である。みなさんはその改正に賛成なのか、反対なのか。

日本が平和国家志向であることはいいことであり、憲法9条堅持の共産、社民などの主張をあながち非現実的の一言で片付けてしまうのは間違っている。

ただその一方で日本という国家、国民の国家防衛意識はあまりにも幼稚というか、平和ボケしていることはこれまで何度も指摘されてきたとおりである。

この憲法9条の問題を一体いつまでなんの決着もつけないでいい加減、あいまいなままおいておくつもりか。郵政民営化などつまらない問題でなく、この問題こそ民意を問うてみるべき最大のテーマではないのか。

j早勢 直

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:ダイナミックな解決

沖縄基地の記事に対する久保氏からのコメント:

ニミッツ級空母を横2隻で縦9隻で合体して全長3000メートルの空母を合体建造して沖縄に配備すると建造に3年間ほどで4兆円ほどで出来るので、その超巨大空母に、普天間基地を移設し、在日米軍も世界的な米軍再編として世界中のエーゲ海やらペルシャ湾、沖縄近海、東南アジア、カリブ海など、紛争地域へ移動出来るので便利なので米軍再編成には好都合だし、沖縄の米兵もそれだけ少なくて済むので沖縄県民も大喜びでしょうね。この超巨大空母なら兵員10万人、航空機2000機が配備出来るので戦闘力は抜群で1個海兵師団を乗せることも出来ます。滑走路が3000メートルだと戦略空軍のB52やB1,B2、巨大輸送機も発着できるものね。費用は沖縄開発庁の予算を4年分で4年かけて建造すれば出来るのです。

厚木の騒音公害も、ニミッツ級空母を1隻建造すれば2000億円ほどで数年間で解決します。

私の知人の沖縄の連中は、土地を米軍に貸して防衛施設庁から地代を貰っているので、米軍基地が無くなると、県民所得の30%が無くなるから困ると言っていました。案外に儲けている奴は寡黙なものなのだな。

沖縄には米兵の配備は多いのですが、世界に展開している米軍にとっては日本本土が最大に重要なのです。世界最大の補給廠と燃料廠、造船所とハイテク航空機産業が日本には在るからね。

久保高明

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沖縄穐地と在日米軍再配備

上田双峰からMLへの投稿です。
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沖縄に住む人達からは、日本本土の犠牲になって米軍基地の存在を許しているが、もう沢山で、早く基地を撤去してもらいたいとの声をいやというほど聞いている。この声は、当然米軍にも伝わり、米軍にしてみれば、安保条約に基ずいて、日本の安全維持のために尽力しているのにそんなに嫌がるのであれば、沖縄から撤退してグアムあたりに引っ込むこともありうるかもしれない情勢だ。

方や昨今の中国の姿勢は、なんとなく日本に対して対抗してきているし,北朝鮮はいうに及ばず韓国も朝鮮統一後のことを想定しながら、反日的な姿勢が増大している最中に、一歩後退するような米軍の再配備は求めるべきものではないだろう?日本政府もこれ以上時間を伸ばさず、早く決定して、中国や、朝鮮に隙を見せないように整備するべきだ。聞くところによると、もう10年の年月を重ねながら、決定できない日本政府の姿勢にアメリカが痺れを切らせているそうだから。

双峰  

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September 27, 2005

国民投票制

 昨日の所信表明演説で小泉首相最初の1/3の時間、あいも変わらず郵政民営化法のことをしゃべったらしい。テレビニュースでもそのさわりの部分をやっていたが、要するにそれが国民の圧倒的支持を得たということを得意満面でしゃべっていた。たしかに結果はそうであった。

 ところが昨日の朝日新聞の天声人語におもしろいことが書いてあった。先の総選挙が郵政民営化法案賛成か反対かと問うたのだとすれば、民主、共産、社民ほか、反対を唱えたその他党を含めるとそう得票が3450万票
賛成の自民、公明の3350万票を100万票上回るというのだ。だからそれが国民の支持を得たとなど果たして言えるのか、と言ってるのである。少々無理もあるが、決してへりくつだとばかり言えないところもある。

 さて公平な目で見てどっちが本当なのか。別の言葉で言えば、どっちの民意をもって正しいとするかである。

 結論から言うと、それはどっちとも言えない。わからないというほかないのだろう。今の政治の仕組み、選挙の仕組みからいうのなら当然与党側の言っていることが正しいことはいうまでもないことなのだ。もっというなら、選挙ということを通じて国民の意志、民意を問うということなら、どこまで行ってもこうした問題がつきまとうということだろう。つまり、国政が議員という代表者を選んで行われるという間接民主主義をとる限り、どこまでいってもこの問題がつきまと。

 今一部政治家の間で国民投票制導入の検討がなされているようだが、是非そうした手法も取り入れるべきではないか。つまり今回のような場合、総選挙でなく、郵政民営化に賛成か、反対かの直接投票をすればよかったのだ。そうすればこの問題の決着ももっとはっきりついたはずである。

 安手の小泉劇場をみせられることもなかった。

早勢 直


 

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September 26, 2005

2時52分の琴欧州

 琴欧州の記事を書いてBLOGに投稿したのが、26日の2時52分。仕事が終わってシャワーを浴びて、朝飯前に朝日新聞を開いてみたら、この日の社説に「多国籍化はおもしろい」、というのがあった。私の書いた記事と趣旨は違うが、要するに大相撲は今や大きな外交資源になりつつあり結構なことだ、という趣旨である。その通り、その通りと読んだわけだ。

 それでいいのだが、ただちょっと気になったことがあったので、蛇足ながら、一言書いておきたくなった。つまり、私が先に書いた記事は大相撲の多国籍化はこれからの少子高齢化社会の問題解決の一つにヒントになるのではないかということを書いたのだった。問題は、私がそういうことを書いたのはいいが、これはこの朝日新聞の社説が一つのヒントになっているのではないか、などと考えられる可能性があるとふと思ったわけだ。いや、仮にそうであったとしても、それ自体なんら恥じるべきことではないのだが・・・・。

 ところが全くそうでないことは、この記事の投稿時間から分かるということを言いたかったのである。そんな時間まだ朝日新聞が配達されているわけがない。

 BLOGとか、ホームページとか、掲示板の記事は日時が明確に出るということのよさ、逆にこわさが一つあることを忘れないでおきたいものである。

早勢 直

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2

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琴欧州

 大相撲など殆ど見ないが、朝青龍がまた優勝でちょっとがっかりした。いや、朝青龍はたいしたものなのだが、今回は琴欧州に勝たせてやりたいと、多くのフアンが思ったに違いない。

 日本の国技がブルガリアだ、モンゴルだ、ハワイだと外国勢ばかりに牛耳られているのに切歯扼腕する人もいようが、柔道の例にもあるように、これで日本の国技が国際的になることはいいことに違いない。琴欧州のちょんまげ姿なんてのも、結構板についている。

 日本社会の少子化や、高齢化が問題になり、その対策として移民促進などがよく話題になるが、相撲の国際化などを見てみても要するにあらゆる分野で優秀な人材を外国から引っ張ってくる、来てもらうようにすることだ。そのこと自体、日本の社会の活性化につながるし、結果として諸外国の交流が増え、親日家が増えていく結果となる。琴欧州のことでブルガリアでの日本文化、日本に対する親近感があがるにちがいないのである。

 この国際化の時代、もう日本という小さい社会に閉じこもっている時ではない。産業、芸術、スポーツあらゆる分野で優れた人々が日本にやってきて活躍してもらうようにする環境作りこそ一番の高齢化対策、少子化対策ではないかと考えるのである。

早勢 直

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September 25, 2005

参議院の存在意義

今週の意見(440):

参議院の存在意義

 正確には覚えていないが、「茶坊主を ほん訳すれば チルドレン」というような川柳が新聞に載っていた。今週の私の一句は、「信念も 誇りも捨てた 参議院」である。頼まれて町のスーパーの店主が比例区リストを埋めるためにと、気楽に立候補したらいきなり当選してしまった。自民党圧勝劇のかげで数多くのそうした即席議員が誕生した。いやはや国会議員という選良なんてそんなものだから、日本という国の民主主義もまさに絶望的状況である。

 もっとひどいのは、参議院で郵政民営化法案に反対票を投じた議員たちである。かれらは法案そのものに政治的信念をもって反対したはずだ。ところが総選挙がまだ終わっていない段階から自民党圧勝を読んだ鴻池とかいう議員は法案には賛成だと変節した。選挙が終わってから中曽根議員など派閥議員はまとめて10人ほど法案賛成を表明するのだから、驚きかつ落胆した。

 かれらの大義名分はそれが民意だからという。もともと参議院で否決されたから民意を聞いてみたいと衆議院を解散したこと自体がおかしいのである。衆議院では法案は可決された。それが民意だった。参議院は否決した。それは参議院としてもう一つの民意だったはずだ。小泉首唱はその民意は違うという。そんなはずはない。

 そうか、それは古い民意であって、最新の民意に従うのが当然だという論理か。それではどうして二院制など必要なのか。衆議院一つだけでいいのではないか。どっちであろうと時の政権にとって都合が悪い決定を議会が出したらその都度衆議院を解散して民意を問えばいいのである。

 郵政民営化法案などもともとどうでもよかったのである。そんなものさっさと通したければ通したらいい。本国会では憲法の根本に帰って、先の解散総選挙の妥当性が問われなければならないのはないか。少なくとも参議院でそういう論議が起こってしかるべきだ。もしそれが妥当だというのなら、参議院の存在そのものの意義について大議論を展開してもらいたいものだ。

 ただしこのことは残念ながら与党からはもちろん野党からも参議院無用論など出てくるわけがない。議員というものそのものそれ自体大きな既得権であり、彼ら国会議員がそんな議論を始めるわけがないのである。

 しかし大きな世論としてそのことについて今大きな議論を起こすべき時だと思う。極めて根本的な憲法論議でもあるはずだ。

2005/9/24
早勢 直
 

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September 17, 2005

ステレオタイプとは

今週の意見(439):

ステレオタイプとは

 自民党圧勝の総選挙の結果には驚いた。もっと驚いたのは結果を見てどう思うかの世論調査(朝日新聞)で、55%もの人が、「驚いた」と答えたことである。それは主にいつも選挙に行き、投票してきた人々の感想なのだろう。これまで選挙になど行かなかったいわゆる無党派層の票が今回は7ポイントも増えた。驚くべき結果をもたらしたのはその無党派層の票であったのだ。

 先週の「今週の意見」では、今回はその無党派層の票が増えそうだから、自民党圧勝の予想は多分かなりはずれるだろう、またそれを期待したいというニューアンスのことを書いたのだが、予想は完全に外れた。「郵政賛成か反対か」、単純明快小泉演出劇にやんやの拍手を送ったのは、これまで選挙にあまり登場しなかったこの新手の無党派層というより、政治的無知、無関心層だったのだ。

 世の中無知、無関心ほど恐ろしいものはない。何回前の選挙だったか、時の森総理大臣が選挙前あまり与党に有利でなさそうな風が吹いていたので、「無党派層はこのまま眠っていてくれ」といった発言をして物議をかもしたことがある。世論はそれに反発し、それが野党前進につながった。

 これまでは選挙前与党優勢の予想が高いと、良識を持ち、バランス感覚のある無党派層の票が動いて、いい意味でのバランスを取ってきたのが常であった。今回もそうなるだろうと期待されたがその期待は裏切られた。

 一般に日本人の発想は元々かなりステレオタイプ、画一的、固定的であると言われている。その証拠の一つが政治の世界でも長らく二大政党存在の必要性が叫ばれながら、一時の例外を除いてずっと自民党が政権を独占してきたのだ。独占状況がいい結果をもたらさないことはビジネスの世界を見てもわかる。その弊害を防ぐため、あの手、この手で法律まで作って予防策を講ずるのである。それは政治の世界だった同じことであるのだが、こちらは法的措置どころか、選挙という修正手段がある。

 政治の世界では政権交代があるからこそ正常な緊張関係が保たれ、必要な改革も行われる。選挙民の厳しい目がそこにあるからだ。が、そういうわけか日本ではそれがあまり働いていない。その理由は一にかかって、日本人の画一的、固定的、守旧的発想にあると私はずっと思ってきた。ただし、いわゆる無党派層の中にそうではない良識派というか、よりバランス感覚に優れた層があってそれがある意味でややもすれば一方に偏りがちな状況を修正してきたのだと思う。

 今回これまで眠っていた無党派層は同じくそうしたよりバランス感覚に優れた層だという想像は見事はずれた。新しく登場した無党派層とは、なんのことはない、単純画一、固定の典型的なステレオタイプの層であったのだ。

 音響の世界では、ステレオとはモノラルに対して、二つのスピーカからそれぞれ違う音を出すことで、全体にバランスのいい音にする仕組みなのだ。それがどういうわけで、その意味が社会学的には、単一的、画一的というような意味になるのか、改めて疑問にもったのである。音響の世界では今はステレオどころか5.1チャンネルの時代である前面、横面、背後からも音を出すことで、すばらしい音響効果が生まれる。政治の世界でも同じことが言えるのかもしれない。

 数多くの指摘があるように今回の選挙結果はどう見ても、日本の政治にとっていいことでない。いくらでかくて、強力でもも、ただ一方からだけ音が出てくるような仕組みがトータルに優れた効果を出せるわけがないのだ。

2007/9/17
早勢 直

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September 13, 2005

自民大勝の背景(2)

藤木さま
みなさま

> 郵政民営化の内容など理解していなくても、
> 「官にやらせるより民にやらせる方がうまくいくだろう」、
> という漠然としたイメージが無党派層にはあったのをうまく利用した。

民主党に限らず、自民党反対派が、「民営化に反対したのでない」「法案に反対したのだ」などという言い分はなんのことだか、理解されていなかった。いや、マスコミの馬鹿コメンテーターにもわかっていなかった。

反対派は「民営化」と「ユニバーサルサービス」の両方をいうこと自体大矛盾であることだけを徹底して言えばよかった。民営化とは徹底的に効率化を追求すること。人員のリストラがあったり僻地へのサービスが切り捨てられることは当然のことなのだ。

ところが郵便に限っては「ユニバーサル」はたしかに必須の条件なのである。だからそのためにあの市場経済主義がスタンダートのアメリカにおいてすら、郵便だけは未だに国営なのだ。そのことだけは徹底して説明すべきであったのだ。その説明もないことはなかったがどうも徹底していなかった。民営化をいい、その片方税金で「ユニバーサルサービス」を実現する? なんですか、それはとどうしてならないのか。

この点に関しては自民党も民主党も政策担当者はほとんど同じ認識にたっていたはずだ。自民党はその矛盾を一切言わずただひたすらに「民に出来ることは民に」を繰り返した。民主党はわざわざ岡田がリストラもやむをえないなどと馬鹿正直にコメントしたりした。なんのことはない。うそを徹底的に通した方が得で勝ちだなんてことが現実起こるのだから始末が悪い。

そういう矛盾もアメリカやイギリスの市民なら見破ったに違いない。渡部 陽氏のディベート能力のこともあったが、両方の言ってることのどちらかがより正しいことを言ってるのか、判断力さえない無党派層など今回は登場しないほうがよかったのである。

tad

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自民圧勝の背景

藤木氏のMLへの投稿です。

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「小泉自民党」圧勝の謎を解く鍵は、「小泉以前の自民党」と比べて無党派層からの獲得票数において、高得点をあげたことにあるのではないでしょうか?

では、なぜ無党派層から高い支持率を獲得できたのでしょうか? 

郵政民営化の内容など理解していなくても、「官にやらせるより民にやらせる方がうまくいくだろう」、という漠然としたイメージが無党派層にはあったのをうまく利用した。

その他にも、イメージ評価を作り上げているのが、クールビズであり、頻繁にテレビカメラの前で見せるメッセージ(表情と言葉)であり、刺客を送り込むようなやり方の分かり易さであり、色々ありそうです。

投票率が67.5%と前回比7.6ポイントもアップしたことは無党派層の投票数が飛躍的に増えたものと推定されます。この票の獲得競争において民主党が大敗したのではないでしょうか?

つまり、民主党の大敗の原因は、

無党派層からの支持を獲得するためのイメージ戦略が薄弱であった。
無党派層の漠然とした郵政民営化のプラスイメージを票として獲得できる
具体的対案を十分なリードタイムを持って出せなかった。

真面目さが最大の武器である岡田代表を強力にサポートすべき人達が、その術を知らないとしか思えないお粗末なサポート体制であり、チームワークができているとは見えなかった。 

アメリカや韓国など大統領が顔の整形手術をしてでも選挙を優位に戦おうとするのも、支持を決めかねている有権者からの支持を獲得するためでしょう。そのような観点からイメージ評価を上げることは選挙で勝つためには避けて通れないことなのだとすれば、整形手術は対象外としても、民主党はこの点で、あまりにも無策であった。

「小泉民主党」の選挙の戦い方は、上記のような観点から、今後の日本の選挙戦を大きく変化させるきっかけになるかもしれません。

藤木

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危険な兆候

投票開票日, 朝早く投票をすませてから、立川の 立川防災館なるものを市の自治会連合会の主催で見学に行っていました。起震装置による震度7の体験、人工呼吸の訓練、消火訓練など災害時の対応に即役立つものが多く、非常にいい見学会であったと思います。みなさまも是非一度見学、体験に行かれるようおすすめいたします。

それが終わってからは、懇親会、いかにも日本的アプローチ。いや常日頃お互い隣同士の自治会ながら殆ど接触する機会がないのですが、それを通じて知り合いになっておくことも大切だと思い参加しました。それまで全く知らなかった隣の自治会の会長から二次会に誘われ、本来嫌いでないものだから、のこのこついて行って、つい
つい飲みすぎてしまった。カラオケも2,3曲歌わされたし、こちらも嫌いじゃないものだから・・・・・・。

なぜこの会長が私を誘ったかというと、宴会の間、当然選挙のことが話題になり、私の周辺に座っていた人々の殆どが、 郵政民営化賛成、今回の自民党勝利歓迎(まだその時間みなその結果を知らない)を言っていたが、私一人、いつもの調子で小泉嫌いをしゃべっていたのでした。宴会が終わってから、向こうの端に座っていたこの
人私がでかい声でしゃべっていたのを聞いていたらしい。「私、郵便局出身、ちょっと二次会につきあってください」ときたわけだ。

帰って、テレビをつけたのが夜9時ころ。もう自民党の大勝が確定していた。いや、開票の始まる頃にはマスコミは出口調査でその予測は出ていたそうです。で、いつもなら深夜までテレビを見ているのですが、もう酔っ払っていることもあってそのまま寝てしまいました。

月曜日は朝から陶芸教室で忙しく、結局メールを開いたのはついさっき。みなさまの多彩な選挙結果の分析を読んで、大変興味深かった。それぞれおっしゃっていることは分るし、またそれはちょっと違うのではないか、というところがありました。改めていい勉強になりました。

選挙結果を見て自民党勝利そのことより一番びっくりしたのは、衆議院で与党で2/3を占めてしまったこと。理論的にはもうこれであらゆる法案はすいすいと決まってしまう。決めてしまうことができるということです。実は郵政な
んてもともと最初からどうころんでもいいこと。

が、これで年金、財政再建、外交、憲法問題など、与党の意向でなんでもすいすい決めてしまえるということなのである。しかもこれまでの自民党なら、党内にさまざまな意見があって、国の行く末を決めるような重要案件に関しては議論百出し、いい意味でそうすいすいといかない。今後は仮にそれがあっても、党議拘束がかけられるとみなそれに従ってしまう。反対するものは今回あったように公認されないみたいなことになると、党員は党議にはおとなしくせざるを得ないことになる。

衆議院はもちろんすでに参議院でもその空気が及んでいて、前回反対にまわったものの大半はすでに賛成意見に転じているそうである。その腰抜けぶりを非難してもしょうがないわけだ。

いや、じつは政界はすでに大変危険な状況に入ってきたということである。

次の国会で郵政民営化法案はすいすい、と通ってしまうのだが、問題はさてその後である。これからどうなるかである。さまざまな問題はみなさまそれぞれ指摘された。しかし私は一番の問題はこれだと思う。

> 我々の昔流の仁、信、義等という価値観は今や地に落ちた。弱肉を食う強食が勝ち
> 組である。どこの国でもミー・ファーストになっているが欧米にはにはまだキリスト教がある。
>渡部

「仁・義・礼・智・信」これがなくてはこの世の中おしまいなのだろう。60年前日本の国土は廃墟と化した。そしてそれから20年ほどで日本は奇跡的経済復興と進歩を遂げたのはなぜか。アメリカがイラクで日本占領と同じ方式でイラクが復興できる、イラクを民主主義国家にできると考えたのが全くあてがはずれたのはなぜか。ほかにもその理由はあるが、一番の理由はその当時の日本にはその「仁・義・礼・智・信」という価値観がしっかり国民の間に根付いていたからだ。(と私は思う。)

そして戦後、日本が経済的に奇跡的な復興を遂げ、世界でも有数の豊かな国になった。しかしこころは本当に豊かになったのか、「仁・義・礼・智・信」の世界それである。やられたからやり返す。当たり前じゃないか。言うことを聞かなかったから、刺客を放つ。そのどこが悪いのか。いや、それが正義だと拍手喝采を送るようになってしまった。

どうもうまくいえないが、人々はものごとの判断をただ表面的な現象、説明、イメージだけで判断してしまうようになってしまったのだ。ことの筋道、論理、倫理とはなにかなんて考えることはなくなってしまったのだ。

これまでは新聞がどちらかが優勢だと伝えると、国民のバランス感覚が働いて、不利な方が増える、また挽回する、というのが常であった。今回は7ポイント近く、無党派層が新しく投票したのだが、なんとバランスを取るどころか、そうだそうだとばかり、一方に偏ってしまったのだった。日本人の伝統的な「判官びいき」の美風はどこに行ったのか。

絶望的状況だと言っていい。

>は小泉と岡田を批判しているのではなく世の中のメガトレンドが変わって いることに気>き負け組みにならないように自ら反省すべきであると言っているのである> 年をとっても古臭さを見せず、若者の文化も学び、若い女性にもてるようになりましょう。

その通りだ。ただ、それは若者や間違った価値観にただただ迎合することであってはならない。何時の時代にあっても、「仁・義・礼・智・信」が万国共通の価値観であることを忘れてはいけない、そのことは若者たちに教えてやらなければならないということです。

早勢 直

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自民大勝

渡部 陽氏のMLへの投稿です。
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皆さま
政権交代を望んでいたものとして反省させられる点が多い。それは私のような人間は岡田も含めもはや古いのではなかろうか。去年の大河ドラマの新撰組をかっこいいと思わねばならない。結果的にホリエモンは負けたが彼の功績は大きい。小泉はホリエモンの3つの手法をまねた。

1.Tシャツで何処へでも行くホリエモンからノーネクタイを学んだ。岡田のネクタイを着けた真面目顔はもう古くさく見られ選挙では大損した。。
2.時間外の株の買収のように勝つためには手段を選ばない。(私はホリエモンの経済におけるこの手法に反対しない。)ただし選挙にはよくない。
3.ホリエモンの買収劇のとき馬鹿な日本のマスコミがホリエモンに翻弄された。このマスコミのおろかさを見抜かれ今回の選挙で劇場選挙に振り回されまるまる小泉に利用された。こんなことは今までなかった。テレビを見る時間の長いほど自民支持が多かったという。

私は最寄の駅から家に着くまで殆ど候補者のビラがない。街頭演説やいつもの車での連呼も聞こえない。要するに御用新聞の記事と偏ったテレビからの入力だけででブロッグも禁止され、今までと全く違う選挙だった。誰かが操作したのかと思うほどである。

勝ち組、負け組は政治の世界でもはっきりした。我々個人も絶対負け組みになってはならない。しかしすでに高齢者は負け組みに廻されており今回の選挙で挽回のチャンスは益々無くなった。株でもやって金もうけして自助努力しないと入院も出来なくなる。今回株が上がっただけせめてもの救いか。

自民と民主の政策は小さい政府も、税制も、憲法改正も殆ど変わらない。元来小泉は民主の政策を借用したのであり、岡田を逆手にとって反改革のレッテルを貼った。きわめてずるいやり方だがやられるほうも馬鹿だ。岡田は次々と話題をすりかえられ、反論するたび窮地に追いこめられた。

我々の昔流の仁、信、義等という価値観は今や地に落ちた。弱肉を食う強食が勝ち組である。どこの国でもミー・ファーストになっているが欧米にはにはまだキリスト教がある。また岡田氏を何故民主党は支援しなかったのか。私は選挙中は一所懸命やっている彼を批判しなかったが彼が党首になったときから民主党として選挙に勝つための戦略、戦術が無かった。だから負けた。

政治には経済のような独禁法がない。当分我国の政治に競争の原理は働かずこれからは議会政治は弱まり官僚に支えられたアジアのどこかの二つの国々のような一党支配が続くであろう。私は小泉と岡田を批判しているのではなく世の中のメガトレンドが変わっていることに気付き負け組みにならないように自ら反省すべきであると言っているのである。年をとっても古臭さを見せず、若者の文化も学び、若い女性にもてるようになりましょう。
渡部 陽

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September 11, 2005

無党派層

今週の意見(438):

無党派層

 いよいよ明日は衆議院総選挙投票日である。私はいつも夜半過ぎに始まる開票結果をテレビで、決着のつく深夜まで見ているのが常である。今回の選挙ではどうやら自民党が圧勝するというのが多くの新聞報道の予想である。ただ、同時にそれはまた投票行動を決めていない無党派層の投票いかんによっては大きく変わる可能性
もある。

 今の私の関心は、不利と報道されている民主党がその最後の瞬間無党派層の投票行動でどれくらい自民党に追いつけるかどうかの一事である。

 無党派層と無関心層とは違う。今回の選挙は有権者の関心が高く、投票率は5ポイント位は上がるのではないかというのがもっぱらの予想である。そしてその増える部分の中心は無党派層であり、そういう意味では投票率が上がれば上がるほど、民主党にとって有利に働くことは間違いない。すべては投票率いかんにかかってい
るのだ。

 無党派層とは一体なにか。私自身が無党派層の一人だから、それはよくわかる。長年そうであった。どこか特定の政党に属することもなかったし、ずっと同じ党に投票してきたこともない。これからもそうだろう。

 はっきりした統計はわからないが、日本では有権者の60%はいわゆる無党派層である。私はその事自体は日本国家の政治にとって好ましいことだと信じている。なぜそうなのか、今それを論理的に説明できないし、するつもりもない。

 私はその無党派層の一人として最近の選挙ではずっと野党に投票してきた。現在の政治状況を見るにつけ、ここは是非一度政権交代を実現することが、日本の政治をよりよくする最大の方法だと信じるからである。多くの有権者、特に無党派層の有権者は、それが国民として政治をよくするための戦略的選択だと考えて欲しいのである。

 しかし、どうやら今回は残念ながらまだその戦略的選択は行われないようだ。明日の夜は最初の2時間もテレビを見たら、深夜まで見ることもなく早々に就寝することになりそうである。

2005/9/10
早勢 直

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September 10, 2005

今週の一句

yusei2
毎週二つHPに乗せている下手な川柳です。
まあこんなのはだれもBLOGに載せちゃいかんなどといわないでしょうね。
今週の一句

tad

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September 03, 2005

選挙運動と政治活動

今週の意見(437):

政治活動と選挙運動

 「総務省選挙部は2日、選挙期間中のホームページ(HP)の開設・書き換えが公職選挙法に違反するとの解釈に変更はないとの見解をまとめ、民主党に文書で提示した。

 また、総務省は同日、民主党の指摘を受け、一部のHPを更新していた自民党に対しても、「公選法に抵触する恐れが強い」と連絡した。

 民主党は8月30日に岡田代表の第一声などを党のHPに載せ、総務省から「許可された文書・図画以外の頒布を禁じた公選法に抵触する恐れが強い」との指摘を受けていた。 これに対し、同党は「選挙関係の記事は4月の衆院統一補選の際も掲載したが、指摘・指導はなかった」と反論し、1日に公選法の解釈を問う公開質問状を
同省に出していた。」   読売新聞 9月3日 

 これを受けて民主党は自民党も公示後そのHPを改訂していることを指摘したが総務省はそれも選挙法に違反する可能性が高いと返答したそうだ。

 この問題は今に始まったことでない。先進国のほとんどがインターネットを選挙活動に利用することについては認めているのになぜ日本がそれを認めないのか、という批判はずっとあった。選挙中もHPやBLOGでその政策や主義主張を書くことのどこがいけないのかということだ。

 私は個人的にこの法律があることは知っていたが、それは立候補者や、政党に関わることで、それに直接関係ない団体ましてや個人についてはなんら関係ないものだと考えていた。だから過去選挙中もHPやBLOGなどで、特定の候補者についてうんぬんすることはなくても、政党の政策に関してはそれぞれさまざまな批判、批評を書いてきたのだった。

 いや、それは思いちがいで、我々個人についても同じ制限が加えられている、公示後から選挙が終わるまで、HPやBLOGでそうした記事を書くことはやめておいた方がいいと、指摘されたのは、MLの仲間、渡部 陽氏だった。私もはじめて認識を新たにしたのだった。だから今回からその注意をすることにしたのだ。

 しかし、大きな疑問が残っている。公職選挙法では、インターネットを選挙活動に利用することは禁じているが、政治活動についてはかまわないということについてである。それは一体どういうことだろうか。

 例えば、HPやBLOGで自衛隊のイラク派兵に反対だと書いたとする。それは選挙が公示されるまでもずっと書いてきたことだ。またそれは憲法9条に関わることであり、その改訂についても反対だと仮に書いてきたとする。例えばそのことも選挙が始まったとたん一切書いてはいけないことになるのか、である。

 いや、そうなるのであろう。だってそれは今の選挙戦の一つの政策論争にもなっていることなのだ。どの党がそれに反対、賛成かも明確になっている。 しかしそれをしてはいけないというのはおかしい話である。選挙と名目のもと、憲法で保証されている言論の自由を制限することになっているのはないか。いやHPでやってはいけないだけで公職選挙法で認められた手段方法ならいいという論理はきわめておかしいのである。

2005/9/3
早勢 直

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