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April 30, 2006

少子化の本当の原因

男女格差に関する原氏メッセージについてのコメント:

>男女格差がまだ大きい  原氏

私に言わせるとこの言葉もおかしい。男女の役割はそれぞれ違う。違うところに意味がある。ただだからといって私は別に、仕事に関してはこれが男の仕事これが女の仕事だと決め付けてしまうつもりはない。

ただそのそれぞれの特性、それぞれが存在する人類学的意味神学的意味などを含めてその特性がいかされるようにするのがより自然だと信じるものである。

別に女性の内閣総理大臣や大学長が出てくることの可能性やその価値を否定しない。が、ただあたかもなかなかそうならないのはいわゆる男女差別感からの生まれるものという決め付けには同意しない。

なぜ小子化が進むのかについても、その背景の一つにそうした女性については差別感がある。なぜそうした差別が生じるかについて、女性は結婚したら子供を産むという難事業に関わらなければならないからだ、などという誤った観念があるからだ。

繰り返すが別に女性の大臣や、内閣総理大臣の誕生を否定しない。それに価値がないとも言わない。しかしそんなことと比べても女性が一人の子供を産み育てるということの絶対的な価値を認めるという社会的風潮が失われたことこそが実は少子化の最大の原因ではないのか。

早勢 直

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男女格差

MLへの原 清氏からの投稿:
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東京都民は70歳以上になれば、都営バス・地下鉄のパスが年¥20,510で買える。これがあると出やすくなるし、結構重宝している。バスは時間がかかり、本数も少ないので、以前はめったに乗ったことがなかったが、いろんなルートがあって、発見もするところも多い。

先日乗ったバスは女性運転手だった。ぶすっとした男の運転手と違い、愛想がよく、案内も丁寧だった。旧ソ連などの共産圏では女性運転手などめずらしくはなく、トラックやトラクタなどの運転もざらだが、日本では少ない。最近、日本の航空自衛隊で戦闘機の女性パイロットが現れた。

日本では職業で、また同職でも、男女格差がまだ大きい。家事、育児、介護などに男女格差はなくなりつつあるが、女性大学学長や総理大臣などはいつごろ現れるか。 原 清

早勢 直 文責

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偽パレート曲線

Longtail6_1

>恐竜の頭はもっと小さいよ。
>これは偽恐竜だよ。

  どこがまちがっているか。  

  恐竜の頭はずっと小さい
  のに、それは結構大きい
  と勝手に想像している。

  胴体尻尾の部分の方が
  はるかに大きいのだ。

  思い込みで誤ったパレート図を描くな、ということだ。


>その80の中に有望なものがある。原

よく見ればわかることだ。

早勢 直

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Long Tail とは

Longtail3
>実はグラフに描けば20の部分が怪獣の頭、80が長い
>尻尾(Long Tail)の様な形になる。その80の中に有望な
>ものがある。原
      
 さて、このような恐竜をみてこの親子は
  一体どういう会話を交わすだろうか。

  「恐竜って尻尾がでかいね」

  「いや多くの恐竜の頭はもっと小さいよ。
 
   これは偽恐竜だよ。」

   うん、そうだろうね。

早勢 直

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Long Tail とは

MLへの原 清氏の投稿
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80対20の法則 パレートの法則 があり、20をさらに延ばそうとするが、実はグラフに描けば20の部分が怪獣の頭、80が長い尻尾(Long Tail)の様な形になる。その80の中に有望なものがある。
http://internet.watch.impress.co.jp/www/column/kensaku/050304.htm
http://www.thelongtail.com/
80対20の法則 パレートの法則 http://tirasi.dyn.jp/page002.html

原 清

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堀江貴文保釈報道の狂気

MLへの久保高明氏の投稿:
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今の日本人は「青信号みんなで止まれば目立たない」に堕しているのではないか。堀江貴文なる一介の元経営者が東京拘置所から出て来る光景をメディア各社がヘリを飛ばしNHKのその日を代表するニュースが冒頭から延々と中継して待ち受けるさまはもはや狂気だ。

一社でもいいからこの日の総括のニュースで冒頭に共謀罪の審議入りを持ってくるところがあれば心あるこの国の良民常民は刮目したであろうに。

目立つことでお上に睨まれることを恐れる卑劣なメディアは「みんなで止まっ」てみせたのである。人権擁護法などの時などに比べて国民側からの反発の盛り上がりが低いことだ。

確かにネット上などでは反対の嵐が吹き荒れているが一般の国民は何が行われているかすら把握していないのではないか。

http://www.diary.ne.jp/user/31174/

久保高明

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April 29, 2006

今週の一句

Rakusa

今週の一句

早勢 直

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ホリエモンの保釈

MLの原 清氏の投稿から。
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組織の長が組織犯罪を認めないので保釈できなかった。保釈すると証拠隠滅の恐れもある。粉飾や偽りの情報で投資家を欺いた罪、資本主義の根幹を揺るがした罪は受けるべき。
原 清氏


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April 28, 2006

堀江被告94日ぶり保釈

堀江被告がやっと保釈された。地裁の決定に検察が準抗告したが、それを棄却しての保釈だった。以前ならもっとその拘置が長かったそうだが、新しい裁判制度が始まることになってそれが変わったそうだ。

この保釈についてさまざまな関連者がコメントしていたが、昨年夏選挙で争った亀井静香氏のコメントが注目された。氏は、罪は罪として償うべきだが、心機一転がんばって再起を期してくれというコメントはなかなかよかった。普通ならざまあ見ろ、というところだ。氏が選挙中、日本人は情の世界を忘れた、といっていたのはこういうことだったのだ。いわゆる惻隠の情というやつだ。亀井氏を見直した。

それに亀井氏は拘置の時間が長すぎる。これは一種の国家権力による拷問ではないか、とコメントしていたが、私もそのことについては疑問に感じていたところだ。

だって内容は違うが同じように証券取引法違反の罪をおかした例の堤会長などその半分くらいの拘置期間ですんでいる。それはもちろんその容疑を認めるか認めないか、という点、すなわち捜査に協力したかどうか、の差だと言ってしまえばそうなのだろう。しかし堤会長の罪など、長年にわたって行われてきたもので、それをなさっさと認めたからといい、しかも反省の念を示しているからと、拘置期間が短いだけでなく、刑そのものも執行猶予ですんでいるのである。

堀江氏の場合は最後まで争うつもりだから、多分一審の判決でも有罪の上、執行猶予などつかないのであろう。その差が捜査に協力するかどうか、が大きなポイントであることについて、全く理解できないわけではないが、しかしそれで拘置の時間、それに刑おのものについても、そんな大きな差が出るものなのか、疑問に感じるわけだ。

このことはなにも今回に限ったことでない。これまでもへえそんな程度の軽い犯罪なのになぜそんな長く拘置しなければならないのか、といったケースが数多くみられたわけだ。これは一種の間違った国家権力の乱用ではないのか。中には捜査もろくろくしないで、ただ拘置の時間だけ長くとったというケースがあったわけだ。

同じようなケースで代議士に復帰したが今も被告の身の鈴木宗男氏がいる。彼はなんと450日も拘置されているのである。たしかにその罪は大きいのかもしれないが、彼の場合もそんな長くなった理由はただただ捜査に非協力的であったという理由である。要するにそれは一種のみせしめなのだ。

この問題を弁護士の団体とか、国会議員だとかが問題提起しないのはおかしいのではないかと私は感じる。堀江氏のも場合はそれでもラッキーだったそうだ。異例なんだそうだ。

誤解されては困る。私は何もそれぞれの人がおかした罪の内容のことについて言っているのでない。堤会長と堀江氏の犯した罪については、場合によっては堤会長の方のものがはるかに社会的には重大であったとさえ思われるのに、それについての罰の与え方(この場合拘置期間なのだが)にどうしてこんな大きな差が出てくるのか、大きな疑問を感じるのである。

そこに検察という大きな国家権力の恐ろしさを感じるのは私だけだろうか。

早勢 直

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一目千本桜

Senpon_1

仙台の菊地昭二さんが見事なフォトストリーをMLに紹介してくれました。その紹介です。

一目千本桜

早勢 直

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April 27, 2006

格差論(渡部氏の論について)

上の渡部 陽氏の論に対するコメントです。
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>改革イコール格差拡大というのはおかしい。 渡部

本音として小泉、竹中はそういいたいのだろう。まず全体がよくなるのだからそれでいいではないかと。問題はおっしゃるようにほんとに全体がよくなったかどうかである。

>格差が増えたのは改革の中で怠っていたことによる。例えば教育改革である。 渡部

今問題の教育基本法の改正は一体なんだということだ。なに 国を愛することを教える? 学校でそういうことを強制的にやる? 君が代を歌ったり、国旗掲揚しない学校を罰する? 

国家だのなんだの言う前にお互い人間として家族、隣人友人と仲良くしたり、困っている時は助け合ったり、弱いものいじめするようなことがないようにしたりすることをどうして教えないのかということだ。そんなことのために教育基本法の改正なんて必要ないではないか。法律にするのならそれを教えることが一番の基本だといえば誰も反対する余地はない。またそれが一番大切なことだと考える。

格差是正の問題もこのことと関係する。いずれにせよ、みなそれぞれ、それぞれの目的に向かって一生懸命頑張ることを奨励し、その結果成功者については正当に評価する精神を持とうではないか、ということだ。逆に一生懸命やったが失敗した、必ずもうまくいかなかったものについても、励ましの言葉をかけてやり、再び挑戦することを許すような精神をお互い持つということだ。何事をやっても懸命にやった失敗は必ずしも恥ずかしいことではな
い、という風潮を育てたいものである。なんでもかんでもただ結果のみですべてを評価するというものの考え自体が格差感を生む最大の要因なのだ。

>20台の若者にすでに勝ち組負け組みが生じていることは情けない

大体定職につかず、自分の好きな道に打ち込もうとする若者をつかまえて、ニートよばりすること自体が間違いだ。大会社有名企業に就職することだけが、勝ち組なのか。

>駐留米軍を減らして韓国のように徴兵制度にしたらどうか。 渡部

賛成。原さんがニュースで送ってきた米軍グワムへの移転をめぐって日本がものすごい移転費用を負担することについてこれから大問題になる。私もそれはかなりおかしいと思うが、しかし、日米安保の根本から言って、応分の負担はしかたがないことだ。だからそれがいやなら、日本も韓国のように徴兵制にするしかない、などと言ったらこれまた大騒ぎになるのだろう。しかしそれが本当なのだ。

なに、そんなでかい負担の根拠を示せ?そりゃ一旦戦争になったら米軍兵はみなその命が掛かる。日本の自衛隊? やはり軍には違いないが、いわゆる後方部隊と称してより安全な部署を担当するだけだ。そして隊員一人でも犠牲になったら大騒ぎになるのである。

これも一種の格差問題なのだろう。アメリカが勝手にやることになぜ日本がそこまでいいなりになるのか、などという言い分が出てくるだろう。それは格差だ、日本はもっとその立場を強く主張せよ、などというに違いない。その一方で一番高くつく命を張って国を守るという意味がわかっていない。その格差は当然なのだと私は思う。

>少子化も格差の原因となり社会・経済の歪 みを大きくしている。渡部

あのなんとかいう大臣、それに公明党などのいう少子化対策は極めて矮小的である。なぜ格差が生じるか。そんな制度がどうのこうの、子供を育てやすくするようにいかにこれに経済的に援助したり、子育て夫婦が働きやすくする環境を作ってやるか、などという問題だけではない。

要するに人間にとって何が幸せの要因なのかという根本問題が欠落している。人間にとって一番の幸せは、カネなのか、社会的に名声を得ることなのか、なんなのか。子供が暖かい家庭の中で育ちやがて自分も暖かい家族を作っていく、その過程を楽しむこと自体が人間本来一番大切なことではないのか。いや、もちろんそれだけではないが。言いたいのは要するに少子化問題をすべて人間社会の制度論としてしまっているところに間違いがあるといいたいのである。格差論もそうである。フエアな競争とは何かを論じないで、いきなりセーフテイネット論を持ち出すから話がおかしくなる。

> 格差是正は平等ではなく公平である。

結果における平等ではない。そこに平等なチャンスがあったのかどうかである。競争自体がフェアに公正に行われたのかどうかだ。談合だの、粉飾だのの多発はそうでないことを証明しているではないか。

>公平は相対的なもので力関係、利害関係が伴うから政治が必要である。

公平な競争を阻害する要因が存在するのは制度としておかしい。だから法による規制、管理が必要となる。その一方でそういうものの存在を認めている官の規制を緩和しなければならない。

道路公団の民営化なんて全く意味をなしていない。その一方で郵政民営化はあの巨大組織がさまざまな民営事業を圧迫してフエアな競争が行われないようにしている面が多々あるのではないか。

あの郵政民営化を小泉改革の最大の功績などという多くの国民の判断は一体なんなのか。

>最近ワンフレーズといわれる論理を省略した口先だけの軽い言葉>が横行する。

今度の千葉補選ではそのほころびの一つが出た。例の馬鹿みたいな、ジャンケンフレーズがそうだった。あんなものフレーズでもないのだが、なんの意味もない。彼らはもともと政策などそんなものどうでもいいと考えたのだ。同じフレーズでも、まだすくなくとも「格差ゼロ」という言葉の方が、問題提起したという意味が大きい。ほりえもんが、その中身をよく考えないで、「郵政民営化賛成」などといって選挙に出てきた時、「こりゃダメだ」と思った。結果、ごらんの通りだ。

>年功序列は最低限に抑えるべきであるが、終身雇用制は賛成で ある。優秀な会社程、人を大切にする。(優等生はトヨタとキャノン)

大切なことは要するに会社に対するローヤリテイ(忠誠心)をどう持たせるのか、その必要がないのか、ということだ。それは必ずしも会社ということでなく、自分の仕事に対するローヤリテイ、誇りというものが持てるのかどうか、持たせるようにしているのかどうかである。

日本の企業もアメリカに習って、人件費の固定化が経営悪化の最大の要因だと考え、パートタイマーをどんどん増やしたわけだ。その一方で忠誠心の高い正社員を育成したのか、維持したのかという問題だ。その辺の理念というか、戦略というかそのあたりがあいまいなまま中途半端な形で年功序列賃金廃止、能力主義賃金導入を
急いできたきらいがある。結果どこの会社でも社員のやる気をおおいに阻害した面が残った。残っているはずだ。

このことについて企業人ならともかく政治家から年功序列制の意味や終身雇用制度のよさを見直そうという提案は画期的であったと私も思う。それは日本社会構造改革の根本問題の一つであるからだ。
構造改革といえば郵政民営化一つに収斂してしまうような問題ではない。

>日本企業のの良さは大切にしたい。 以上は製造業であるがニュー>ビジネスでの生き残りは簡単ではないこと
>は理解している。

すでに指摘されたようにその良さとは果たして日本の企業だけのことだろうか。

> 現在の地球環境(自然環境、エネルギー、食料)、人口、貧困、グロー バリゼーション(グローバルベースの自由>競争)を考えると、これから地球レベルでの格差は増大する一方

お隣の中国のことについて部さんにもっと詳しい事情をお聞きしたい。中国は一見すごい勢いで延びているが、その結果生じた格差は日本などの比ではない。その格差問題こそが中国の最大のアキレス腱なのだろう。中国とのつきあいの中でそのことの行く末をよく見極めておく必要があるのだろう。

>資源と市場に依存する日本は国際間格差を助長することは国益に反することになる。徒に国際競争を煽るような>グローバリゼーションについての配慮が必要である

これから日本が付き合いを大切にしなければならないのは、むしろ発展途上を脱却し、これから先進国仲間入りしようという国々だろう。

tad

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格差是正をすべきがなのが政治である

MLへの渡部 陽氏の投稿です。
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格差を是正するのが政治の最大の使命であり、小泉改革も長期的視野で格差をなくすために始めたといえるので改革イコール格差拡大というのはおかしい。格差が増えたのは改革の中で怠っていたことによる。例えば教育改革である。年配者ならいざ知らず、20台の若者にすでに勝ち組負け組みが生じていることは情けない。日本に未だかってこのようなことがあったであろうか。駐留米軍を減らして韓国のように徴兵制度にしたらどうか。少子化も格差の原因となり社会・経済の歪みを大きくしている。

格差是正は平等ではなく公平である。公平は相対的なもので力関係、利害関係が伴うから政治が必要である。

小泉改革によって株価が2.2倍になったということが大げさに言われマスコミも煽っているが、誤りである。最近ワンフレーズといわれる論理を省略した口先だけの軽い言葉が横行する。

年功序列は最低限に抑えるべきであるが、終身雇用制は賛成である。優秀な会社程、人を大切にする。(優等生はトヨタとキャノン)会社の実力は社内教育力(人づくり)で評価される。ものづくりについて言うと、堀内さんや私の所属した製造業は現場の作業員を大切にする。アメリカではレイオフの大部分はブルーカラーである。いすゞはアジア危機でタイの生産が半減した時タイのワーカーをレイオフせず、200人を日本の工場で数年間働かせ感謝
されたた。いすゞは今タイの事業が大もうけで恩返しをされている。

他社も同様であったと聞いているが日本企業のの良さは大切にしたい。以上は製造業であるがニュービジネスでの生き残りは簡単ではないことは理解している。。

現在の地球環境(自然環境、エネルギー、食料)、人口、貧困、グローバリゼーション(グローバルベースの自由競争)を考えると、これから地球レベルでの格差は増大する一方で、各国の国内問題とともに経済摩擦、国際紛争は悪化の傾向にあり、格差是正と戦う政治・外交、国際協力(ODA)など政治の重要性が益々問われる。

資源と市場に依存する日本は国際間格差を助長することは国益に反することになる。徒に国際競争を煽るようなグローバリゼーションについての配慮が必要である。

渡部 陽
Akira Watanabe

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April 25, 2006

格差ゼロだと?

原 清氏のMLへの投稿から。
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小沢一郎と言えば、角栄、竹下登の元で辣腕を振るった印象が強いが、期待する支持者が多いようだ。若手にも党首をやらしてみて失敗した後だし、小沢の出番が時期を得ている。小泉の勝ち過ぎ、自民党に飽きている層もある。小沢民主党総裁就任の祝儀もあって、僅差ではあるが太田和美(民新、26歳の女性)が斉藤健(自新、公)を見事破って当選した。小沢自身は変わると言っているが、どのように変わるのか。しゃべるのが苦手とも
言っているが、それでよく政治家としてやってこれたものだ。

自民党独裁や公明党と連合は好ましくないし、政権交代を望むが偽メール程度の問題を起こす党に政権を任せられるか不安もある。果たして官僚制度をぶち壊し、天下りを止めさせられるか。

格差は人生で付き物。入試試験、資格試験で人生が決まる。親の威光で二世が地位を得る。誰もが同様にチャレンジできるチャンスが得られ、失敗しても再起できる制度がほしいものだ。 

原 清氏

 


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「格差ゼロ」で勝ったのだが

千葉補選で民主党が勝ったがその意味は大きいともいえるし、安倍官房長官がコメントしたように、議席の1/400の結果に過ぎないとも言える。

問題は民主党の候補が格差ゼロの社会ということを前面に出して戦ったことについて、これに共感する票も相当あったことは間違いない。

今まさに、格差って一体なになのか、全国民が改めて考える時なのだろう。

今回の民主党勝利は小沢氏の人気に頼った面が多分にあったと思うが、さて小沢氏自身この格差という問題についてどう考えているのかである。

これについて最近送られてきたメールマガジンにそれについての考え方があるので参考にお読みください。

格差という問題と直接関係するのかどうかわからないが、おもしろいのは、氏の日本の雇用関係に触れた部分である。彼は明確に日本の制度としての年功序列賃金や、終身雇用制度のよさ、というか、メリットについて述べている。

私など年功序列賃金や終身雇用制度を全面否定してきたわけではないが、いわゆる能力主義、実績優先主義を肯定するがゆえにそれはこの社会から消えていかざるとえないものだという考えが基本的にあった。だが、小沢氏の下の論を読んで、なるほどそうかもしれないという思う部分がおおいにあったということだ。

そうした論は別に小沢氏に始まったことでなく、有名経営者の中にも経営、経済評論家などにもあった、今もあることは承知しているが、小沢氏のような政治家がこれを明言しているのは始めてのような気がする。

小沢氏とていわゆる能力主義を否定しているわけでない。要するにそれはサラリーマンとして選択の問題だとしているのはそうかもしれない、と考えるのだ。トップをめざすものは能力主義に乗ればいい。そうでない安定志向のものは経営者などにならないのだから、終身雇用でいい。そういうことだ。

民主党に入ってから、考えが変わったのかどうかわからないが、彼は労働組合に対し、どうして能力主義的賃金体系が当たり前だと認めてしまうのか、と逆にはっぱをかけているのだ。

それはそうだ。それを認めてしまうと労働組合の存在意義というのは一体なんだということになってしまう。現実労働組合の組織率がどんどん落ちているのは、それに大きな理由があることはいうまでもない。

日本企業のよさは従業員のモラール、やる気、忠誠心にある。そしてそれは終身雇用制に支えられてきたものだという論は必ずしも否定できないものではないか。労働組合もそれをもっと主張すべきだということである。

いずれにせよ、みなさんはこの日本的慣行である、いやあった年功序列賃金体系とか終身雇用の利点というか、いいところを認めますか、認めませんかということについてみなさんのご意見をお伺いしたいものだ。

このことは企業のみならずこれから日本の社会がうまくいくにはどうしたらいいかという問題ともおおいに関連があることだろう。

すくなくとも小泉はこういう極めて基本的な問題について論議することなど全くなかった。彼はただ改革、改革と言ってきたにすぎない。競争原理を誰も否定するものではないが、しかし小沢氏のいうようにそれは結果としての共生を前提とした競争でなければならないということだ。

ただ言葉でそういうものの果たして、競争原理と共生原理は果たして共生(?)できるのか、である。この問題は当然例のセーフテイネットの問題ともからんである。

セーフテイネットって一体なんなのだろう。格差ゼロの社会など果たしてありうるのか。

小沢氏がこれについて明確に小泉首相との対立軸を具体的に示し、そうした国家社会をどう実現するかについて具体的な道筋を果たして示せるのかどうかである。小沢氏は日本人のコンセンサス志向を否定する。その一方で格差を否定するとするならば、一体その格差とは何なのかである。

お互いこの問題をもっと真剣に考えるべきなのだ。

早勢 直

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以下小沢氏もメルマガから

・・無原則かつ理念なき自由競争の結果・・・
  ・・・国民生活を守るという政治の責任を放棄・・・
    ・・・日本のいい部分は維持すべき・・・
 

 いま日本社会で個人と個人、企業と企業、大都会と地方など、すべての 分野において「勝ち組」と「負け組」の格差が広がっているとの指摘が ある。新聞や雑誌には「格差社会」という言葉まで頻繁に登場している。

 事実、個人では目も眩むような収入を得る人がいる一方、大多数の人々 は収入が増えることもなく、雇用の不安が常につきまとっている。

 企業では国際競争力のある一部の大企業が史上空前の利益を上げている が、日本企業の大多数を占める中小零細企業はそうした状況にはない。

 好景気にわく東京などの大都会に比べて、経済の疲弊しきった地方はま さに目を覆うばかりの悲惨な状況になっている。

 これらは小泉内閣が「改革」という名の下で、無原則かつ理念のない自 由競争を断行してきたことが大きく影響している。

 確かに、自由はかけがえのない大切なものだが、一定のモラルと責任が 伴うのは当然のこと。それを首相自身がよく分かっていない。首相が 「小泉改革の成果だ」と絶賛した、ライブドアの堀江貴文前社長が塀の
 中に落ちたのは象徴的だろう。

 自由競争の一つの側面だけを強調して、「国民の安定した生活を守る」 という政治の重大な責任をないがしろにしている。セーフティーネット の仕組みをほとんど考慮していないのが小泉政治の実態といえる。

 サラリーマン諸氏にとって雇用の問題は深刻だ。

 「リストラ」や「合理化」という掛け声に乗って、企業では正社員が大 幅に減らされ、非正社員の割り合いが大きくなっている。経営者にとっ て、いつでもクビを切れる非正社員は便利で、労働組合も「時代の流れ だ」として受け入れている。

 しかし、非正社員が増えれば企業にとって本来不可欠な社員の忠誠心は 失われていく。労働組合が非正社員の増加に異を唱えなくなれば、サラ リーマンは日々不安で仕方なくなる。組合の組織率が低下しても当然だ。

 僕は日本のコンセンサス社会には問題も多いが、国民生活の安定を旨と してきた哲学は大切であり、そこから派生した「年功序列」や「終身雇 用」は日本独自のセーフティーネットとして今後も守っていくべきだと
 考えている。

 重要なのは本人に選択させること。

 次第で給与も高くなるがリスクも背負ってもいいという人に適用すべき で、それがイヤな人には給与は低いが安定した生活を保障すべきだろう。

 僕はいつも日本社会の革命的改革を訴えているが、日本のいい部分は維 持すべきだと考えている。小泉自民党はその選別がゴチャゴチャになっ ていて、多くのシワ寄せが立場の弱い人々に押し付けられている。

 現在、衆院千葉7区補選(23日投開票)が行われているが、有権者の 方々は、このまま小泉路線が続けばどんな結末が待っているか、よくよ く考えて一票を投じてほしい。

   

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恐いのは

Kaminari

「恐いのは 地震かみなり 火事オンナ」    

それぞれ恐いわ

tad

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April 24, 2006

瀬戸の花嫁

Setor_1

瀬戸の花嫁

上のものに引き続いて作ってみたのですが、どうもいまいち。

tad

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季節変わりの富士山

Fujirrr
村川さんのMLへの投稿から刺激を受けて作ってみたものです。
湖も富士山も強風で動いています。

富士山  クリックしてください。

早勢 直

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April 23, 2006

雪の季節も終わりでしょう

Hakubas

獲物を狙う虎 村川 渡 さん

村川さんのすごい作品。まねてやってみたのがこれ。

今年は豪雪でしたね

tad

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目に青葉山ホトトギス初かつお

Meniaoba

堀内さんにしても、村川さんにしても絵は本格的ですものね。こちらは少しアイデイアで勝負しないとね。
かつおが海岸でこんな形で泳いでいるわけがない。ホトトギスもちゃんと木に止まっているの見えますか
ね。 ハハハ。

まあ、かつおのたたき で一杯ですよ。

tad

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村川 渡 さんの作品

Mura8

最近MPC(パソコンクラブ)に入会された村川 渡さんのパソコン画紹介です。
すばらしいものですね。

オートシエイプで描くパソコン画

早勢 直

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April 22, 2006

やはりNHKも民営化

今週の意見(470):

やはりNHKも民営化

 もうこれで終わりかと思っていたら、またNHKの不祥事である。職員が空出張費など請求していた。会長が現れて「すみません。二度とこのようなことがないようにいたします」と謝罪する。もうなんど同じ台詞を聞いたことか。およそ官界とかNHKみたいな組織だからこそ起こること。民間企業になど起こりえないことである。

 橋本元一会長はその一方で受信料の確保の必要性を訴える。国民の受信料支払い拒否がこれ以上広がったら、NHKは立ちいかなくなる。NHKトップが必死に受信料支払いを訴えるのは当然だ。

 しかしもっと重大な事実がある。それはNHK自身が打ち出したことなのかどうかわからないが、関係当局は受信料を支払わないことに対して罰則を設けることの検討を始めたのだという。もしそうなったら大変なことだと思ったが、さすが、これについては与党自民党内部からも反対意見が出たようだ。

 国民がNHKだけ特別に必ず受信しなければならないなどと規則があっていいわけがない。しかもそうしなければ罰則だという。まさに国民の基本的人権を侵すものであろう。

 その点から言っても改めて今の受信料制度のことを考えてみると、今は特に罰則規定などないが、NHKとの受信契約は事実上半強制的なのはおかしいのではないか。要するに一般テレビ用アンテナやBSのアンテナが立っていれば、必ずNHKの係員がやってきて、NHKと契約を結べ、受信料を払えとなる。それは今の放送法に基づくものだと言ってもその法的根拠がどれだけあるのか、ないのかどうもよく分らないのである。

 だからこれをはっきりさせようというために、罰則規定を設けようなどというのは明らかに行き過ぎである。

 前にも書いたが私自身はどちらかというと公共放送としてのNHKの存在意義は認める方であった。だから受信料もきちんと払ってきた。が、数々のNHKの不祥事を見ていたり、その対応振りを見てきたりするうちに、考えが変わった。

 郵政が民営化したのなら、NHKだって民営化しておかしくない。すべきだ。あの民放のわずらわしいコマーシャルさえ我慢すれば、受信料自体ただになるのだ。そのメリットは大きい。

 NHKの番組については相対的に民放のそれより満足度は高いのだが、不満なものも沢山ある。この際思い切って一民間放送としてやってもらってもいいのではないか。その場合、一番心配なのは教育放送である。語学教育番組にせよ、数々の教養番組にせよ、ああいうものは残したい。それが民間放送の経営として成り立つのかどうかである。

 そういうものが経営的になるような手当てはなにかあるような気がするがどうだろうか。

2006/4/22
早勢 直

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April 20, 2006

格差拡大

MLへの渡部 陽氏よりの投稿です。
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アメリカ人も格差を心配しており以下のNYタイムスの記事をご覧下さい。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060416-00000072-kyodo-int大きな較差が社会不安、暴動となるのは中国や中近東、アフリカ諸国だけでなくアメリカでも起こりえますが、これを抑止している一つはアメリカの2大政党です。分かりやすく色分けすると次の通りです。(やや誇張してあるので誤解ないよう)
共和党 富裕層、白人、プロテスタント、大企業の恩恵を受けている人、小さな政府、WASP(White Anglo-Saxon Protestant)
民主党 中級階級以下、ヒスパニック、アフリカ系、貧しい移民、カトリック、大きな政府(相対的に政府の公共支出が多いという意味) MIT,ハーバードのあるボストンのような文化都市は民主党支持現在僅差で共和党が勝っていますが歴史的には振り子のように政権交代で社会のバランスを取っています。ワシントンDCなどは殆どアフリカ系市民ですからどうやってコントロールしているかよくわかりません。
(アメリカ崩壊論もあるが勿論格差が原因。)

2大政党以外にアメリカには宗教と、寄付という習慣が大きいと思います。アメリカと比較すると日本にはアメリカのような2大政党が出来る社会的土壌はありません。市場原理絶対主義もアメリカと日本では異なります。
日本が弱いのは宗教がない、弱者へのいたわりが無い(あっても村の中だけ)民主主義は輸入されたもので歴史が浅く、自由と責任が区別されないことです。

このような状態で将来格差が進むとどうなるかわかりませんが、一つの可能性として全体主義になることが考えられます。歴史は繰り返すといいますから。2・26事件等昭和の始めのクーデターを経済から見ると、東北地方など人身売買を招いた日本の経済格差救済のため、貧しい家の出身の青年将校が決起して財閥や、国家権力を襲ったもので結果的には全体主義に向いました。

NYタイムスの記事の中に一寸このようなフィーリングを感じます。経済の競争原理だけ強くなって、自分の意見は言わない、長いものに巻かれる、少数意見を聞かない、人の迷惑を考えないということで良いのだろうか。これは民度の問題でしょうか。

渡部 陽

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April 19, 2006

格差は拡大したのか

今行われている千葉県の補欠選挙で与党が勝つか、それとも小沢民主かのが今の政界の最大の話題になっている。

たかだか、一補欠選挙の行方にそんなに一喜一憂する必要もないはずだが、小泉、小沢お互いの面子が掛かっているのだろう。それはそれで見ていておもしろい。

ただその選挙での争点の一つが、国民が小泉改革を総体的には評価する一方で、いわゆる社会格差は広がったのではないかというように考えている人が多いという世論調査がある。それが、どう票に出てくるのかこないのかということだろう。

自民党の本音は、市場原理、自由競争を唱える限り、ある意味での格差が出てくることはしかたないことだということだろう。そうした競争の中にこそ成長があり、進歩が確保されるのだという考えなのである。それをまともに
言ったのでは格好がつかないので、セーフネットだ、弱者救済だと言っているだけのことだ。

一方それに異論を唱える民主党だって、基本的には市場競争原理を否定しているわけでないだろう。旧社会党のグループを除いては、やはり総論は市場競争原理であるはずだ。ただその中で、格差是正のことをさまざまな
形で説明しているが、これは正直よくわからないことが多い。セーフテイ・ネットの説明についても、自民党のそれとさほど変わるところはない。

今後民主党が政権を取るためにはやはり、この格差とはなにか、それがどうして生じるか、それは不公正、不公平なことなのか、そういうことをきちんと説明して上で、どうその格差是正をはかるのかを、わかりやすく説明することがなにより大切なのだろう。

これについて下の読売の世論調査にもあるように6割の国民は小泉改革を評価する一方で格差は確かに生まれたとしているのである。ただその中身が一体なんなのかよくわかっていない面が多分にある。それについて不満を持っているのだとしたら一体その中身な何なのか、今一度明確な国民の意識を確認すること、そしてその不満をどう解消するのか、民主党など選挙で勝利するためには明確に答える必要があるようだ。

私自身については、小泉改革なんてなんら評価するものではないし、逆に格差が生まれたかどうかということについては、一体何の格差について言っているのかよくわからないところがある。その点では民主党は格差是正ということの内容をわかりやすく説明するとともに、やはり小沢氏のいうように小泉改革なんてもともとその中身がないということを訴えることこそ一番大切なのではないかと考えるのである。

世論調査で出てくる国民の意識というのはどうも私にはよくわからない。

早勢 直

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April 18, 2006

スキャナー

Sepia

MLでスキャナーの話が出たのでその使い方のことを書いた。今はデジタルカメラが当たり前になったがつい5,6年前までは、いわゆる銀塩写真だったわけだ。

そうした写真を整理の意味もかねて、おもしろい、懐かしいものは記録として残しておきたい。古い写真を取り出してそうしたものをスキャンして、HPや、BLOG,掲示板などにも紹介していこうと思いたった。

「デジタルに しても昔は セピエ色 」   

早勢 直

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April 17, 2006

Philip 殿下とホーソンと

岡部さんの闘病記にコメントを書くのはいいのだが、ご本人の負担になってはいけない。まあお好きときにお好きなことを書かれたらいいということだ。

以下の今日のMLでのやりとりです。

「今日小生少々お疲れのようです。明日、返信します」 Philip より。

無理しないでね。気が向いた時書かれたらいいのですから。
Philip 殿下ですか、 ハハハ。

やっとこさ大学に入れて、宮本さんの紹介で荒木さんという日系三世のお宅に英会話を学びに通った。月謝いくらだったのかな。その時先生がつけたニックネームが

Philip      岡部さん
Kenneth    今井さん
Walter     宮本さん     
Nathan  tad

私はこのニックネーム大嫌いだった。だって ねーさん だもの。だけど後で気がついたのだが、それはNathaniel の略称。Nathanielといえば、例えばアメリカの有名な小説家で Nathniel Hawthorne がいる。荒木先生はすごいニックネーム をつけたくれたものだ。 なにせPhilip 殿下にホーソンですものね。

ホーソンの小説では、「緋文字」という有名な小説があるが私が読んで印象深かったのに 「The Great Stone Face」 がある。大学の英語のクラスで読まされたものだが、すごく感動した短編小説だ。みなさまも是非一度お読みください。

英語版は英語MLで紹介したが、フリー版がアメリカのサイトに載っているから読まれたらいいでしょう。日本語版および日本語訳がどこかにあったら教えてください。

The Great Stone Face

このフリーサイトにはこのほかさまざまな世界中の有名人の著作品が掲載されている。古典であり、今や著作権が存在しないものなのだ。イソップ物語など英語の教材にそのまま使える。

すごいサイトだからいろいろ活用されたらいい。するつもりです。

早勢 直

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April 16, 2006

ガン闘病記

岡部さん

先の記事で書いたように、高校・大学時代のこと、高松時代のことなど沢山書いてください。それからこのMPCやMLのこと。私との接点がたくさんありますから、それに関してはいくらでもコメントしたいことがあるでしょうね。

BLOGに書く前に、例えばこうしたMLで書いていただく。それにコメントをいただいてから、BLOGに書くということをやってもいいですね。その逆もいい。

もう一つ英語とか、音楽とか、お絵描きとか、お互いさまざまな共通の話題があります。恐妻(?)の話題もね。 ハハハ。

堀内さんご指導のチューリップ描いてみて。画用紙に描くのもいいし、ペイント描いてもいい。今度のMPCではオートシエイプで描くのですけどそれをどう描くかは、100人いたら100人全部その描きかたも、その手段方法も違うでしょうね。それでいいし、そのはずだ。

ところがどうしても、これがいい、こうでなければいけないとなってしまうのです。もちろん基本的な技術論は必要ですよ。

一人一人の人生なんて、100万人いたら100万人全部ちがうはずです。みな同じように生きる必要はないし、そんなはずがない。大切なことはそれぞれどう自分にしかない生き方をしたかではないか。自分自身がそれで納得できればそれでいい。

もちろんその中で価値観を共有したり、さまざまなことで共感を覚えたり反発したりしていく中で友人を作っていくことが大切なのだと思う。隅田なんかその典型的な例ですね。思想・イデオロギーなど180度違う。始めて合った瞬間からもう議論を始めていた。今でもそうだ。だけどあることで自分が苦境に立ったとき、相談したのが彼だった。そして実にすばらしい的確なアドバイスをしてくれた。

一番身近にいるはずの子供や妻とだって価値観が違うこともある。しかしよく考えてみると一番大切な点で共通する部分があってほっとすることもある。

その確認作業の一つ一つが私は生きることの意味だと思っています。

岡部さんは昔から他の人のいい点を素直に認められるところがありました。私は実はそのことが人間の一番大切な資質の一つではないかと考えます。自分にはどうもそれが欠けているのではないかと思うのです。

話は全然違う方向に行ったようですが、要するにBLOGに何を書くかなんて何も思い悩む必要はないということです。

ガン闘病記、大いに結構。ただなにもそんなことでなく、なんでもいいと言いたかった。我々が闘っているのは病気のガンだけでない。世の中にはもっと恐ろしいガンがいくらでもある。みなその闘病記を書くべきです。

多くの人にはそれが見えていない。その恐ろしい病巣に犯されていることも気付いていない。それが一体なんであるのか、その結果もたらされているものが何なのか一緒に考えてみませんか。

早勢 直

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闘病記

高校大学時代を通じての友人が肺がんとなり、しばらく入院された。まだまだ
大変な治療を経なければならないようだが、最近その闘病記をBLOGで始められた。

岡部さんのBLOG

MLのみなさん、38会のみなさんなども是非BLOGを閲覧いただき、励ましのことば
や、さまざまなコメントなど投稿してあげてください。

早勢 直

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April 15, 2006

教育基本法改正

今週の意見(469):

教育基本法改正

今週はこの話題でもちきりだった。自民党と公明党の妥協の結果として愛国心という表現は和らげたものの、キーワードが「国」を「愛する」ことが教育の基本だとしたことについてはなんら変わりはなかった。

 この教育基本法の改正については、野党はもちろん、マスコミ、教育関係者の多くが反対を唱えている。それがまた戦前の軍国主義の前ぶれになるとか、それが、学校行事における国旗掲揚、君が代斉唱の強制につながるとか、反対の中にもいろいろな論点があるようだ。

 反対、賛成いずれにせよ、私自身はどうしてそういう枝葉末節のことばかり議論するのか、ということを指摘したい。

 一国民として、子供に「国を愛しなさい」と教えることが間違いだとは思わない。多くの議論にあるようにその内容、教え方がその際問題になることはそうだが、そもそも「国を愛しなさい」というのは極めて当たり前のことではないのか。第一それはどこの国でもやっていることのはずだ。

 問題はなぜ教育基本法の改正が言われ始めたのかである。それはいうまでもなく今日の学校教育の荒廃にある。子供が子供を殺害するというような事件が多発する。不登校児童が増える。さまざまな荒廃の現実がある。
 
だからこの際、教育に関する憲法ともいうべき教育基本法の改正が必要だと多くの関係者が考えるようになった。

 しかしである。それがなぜそのキーワードが、「国を愛する」ことなのか、だ。「国」という前に、まず「家族を愛する」ことが一番大切なのではないのか。まず愛すべきは父母兄弟といった家族であり、家庭では父母、学校では先生を敬い、その指導を素直に受ける精神を持つことを教えることが先決ではないのか。

 さらに愛すべきは隣人であり、友人ではないのか。かっての学校には今のようないじめはなかった。子供同士の人と人との関係がより正常なものであったからだ。 「教育基本法の改正」がまともな市民を育てることをその目的としているのなら、私は「国を愛する」などという前に、「人を愛する」「家族を愛する」ことを教えるべきだと思う。それを一番にうたうのなら、誰も反対しようがないし、またそれ自体今日の教育の荒廃を立て直す一番大切なことだと私は思う。

 家族を愛し、先生を敬い、友人を大切にする精神の持ち主ならば、正常な愛国心を当然備えた人間に育つことも間違いのないことだと私は考える。

2006/4/15
早勢 直

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April 12, 2006

小学校で英語を教える必要性(2)

原さんのご意見に全面的に賛成だ。

『「英語を早い機会に習得を」と言うと直ぐに「まずは読み書きそろばん」「日本文化を」を教えろと議論を逸らしてしまうのは生産的でない。』

その通りだ。そういう言い方、見かたはまさに「近視眼的」だ。よみかきそろばんをしっかり教える必要性、それが学校教育の原点であることにはなんら異論はない。それを教える時間が足りないという考え意見にも必ずしも同調しない。それはややりやりようだ。出来る子と、出来ない子の差が出てくるかもしれないが、出来る子供にはどんどん教えたらいいのだ。

『英語を学んでも日本語や日本文化を軽んずるのではなく、むしろ外国文化に接することで日本のことが理解しやすやすくなる。英語の教材に日本語や日本文化を学べる工夫もあればよいかも。』

同感である。そう原さんがいつか実際にやられたように日本の童話、昔話などを英語教材に取り入れてもいい。私など毎週それでも「今週の意見」を英語で書いているが、記事内容が殆ど日本の政治・経済・文化のことになるから、いかにも日本的なことをどう英語で表現するか、これが一番難しいのである。

それはもちろん英語の勉強になるのだが、実はあらためて日本語自体を見直す、考える絶好の機会となるのである。

『「必要とする一部の者だけが英語を学べばよい」と言うのは暴論。今の時代に生きる我々にとって英語は必須。
高校で数学を学んでも生涯使うことはないから廃止してもよいか。』

おっしゃる通りである。そんな考えなら、音楽、図工などを教えることも不必要だという考えに発展しかねない。国語、算数、理科、社会、図工、音楽は絶対必要な内容なのだ。これに加えて英語をパソコンを教える必要があるというのが私の考えだ。それぞれの教え方、内容、方法論は総合的に見直す必要はある。

『科学文明の急速な発展、新しい思想の進展に追従するだけでなく、更に一歩前進した技術・思想を生み出さねばサーバイブできない。重要で多様化しつつある事項を如何にした人より早く習得するか、単なる「読み書きそろばん」式でなく、カリキュラムと教育法が必要。』

おっしゃる通りである。一番大切なのはきちんとして自己主張のできる人間を育てることだ。そのためにも、英語教育は大変役立つはずである。

『中国文明が隆盛の古代は中国語で知的交流が行われるのは当然。ギリシャ語、ラテン語、近代のオランダ語、スペイン語、フランス語が隆盛だった時代には、その背景に夫々の国の文明、経済、政治、軍事勢力が主導的立場にあった。一時は日本語を学べば儲かる機会があった。最近は欧州でも日本語・日本学への関心者が激減し、中国語熱が高まっているとのこと(昨年末、法政大でのセミナー)原』

中国の漢字文化の導入が今日の日本語のベース、日本文化のベースの一つになっていることは言うまでもないこと。戦後日本の大発展が英語と英語文化導入が一つ大きな要素の一つになっていること、これまた事実。さらに国際化が進む中でどうも日本、日本人がついていけないような場面が多々あるのは、要するに日本人の英語能力が劣るところにあることも事実ではないか。

なぜ劣るか。要するに日本での英語教育がなっていないからの一言につきる。このままでは同じアジアの国中国韓国に遅れをとることになる。いや、すでにそうなっているのでは。

早勢 直

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小学校で英語を教える必要性

MLへの原 清氏の投稿です。
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「英語を早い機会に習得を」と言うと直ぐに「まずは読み書きそろばん」「日本文化を」を教えろと議論を逸らしてしまうのは生産的でない。英語を学んでも日本語や日本文化を軽んずるのではなく、むしろ外国文化に接することで日本のことが理解しやすやすくなる。英語の教材に日本語や日本文化を学べる工夫もあればよいかも。

「必要とする一部の者だけが英語を学べばよい」と言うのは暴論。今の時代に生きる我々にとって英語は必須。
高校で数学を学んでも生涯使うことはないから廃止してもよいか。科学文明の急速な発展、新しい思想の進展に追従するだけでなく、更に一歩前進した技術・思想を生み出さねばサーバイブできない。重要で多様化しつつある事項を如何にした人より早く習得するか、単なる「読み書きそろばん」式でなく、カリキュラムと教育法が必要。

中国文明が隆盛の古代は中国語で知的交流が行われるのは当然。ギリシャ語、ラテン語、近代のオランダ語、スペイン語、フランス語が隆盛だった時代には、その背景に夫々の国の文明、経済、政治、軍事勢力が主導的立場にあった。一時は日本語を学べば儲かる機会があった。

最近は欧州でも日本語・日本学への関心者が激減し、中国語熱が高まっているとのこと(昨年末、法政大でのセミナー)原

責稿 
早勢 直

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April 11, 2006

論理が通用しない世界

なぜ英語を教えることが必要か。いろいろな意味があるでしょうね。

一つには日本語は主語述語の関係があいまいといいますが、その点英語は明確です。日本語というより日本人はどうも誰が何をどう言っているか、何をどう主張しているか、ということについて極めて曖昧にしてしまう傾向があります。いや、それが美徳であると信じています。

日本人はいつも自分の周りの人たちがどう行動するか、さりげなく見ています。そして多くの場合同じように行動します。そうしないと不安だし、自分だけ孤立してしまうのでないかという恐怖感すらもっている。人と違う行動をしたり、発言したりすることはかなりの勇気がいる。

場合によってはそれをすると中に超保守派がいてそれを叩きつぶしにかかる。そしてそうだそうだと付和雷同的にそれに乗ってしまう場合が多い。そのどちらが正しいかとか、どちらが論理的かなどあまり関係がない。その時のムード、雰囲気に大勢流されてしまう。

新しいことに全く興味がないわけでもない。論理的ではないから、ある意味で熱しやすく冷めやすい。だから主義主張、イデオロギーなんてことより、その時のムードだけでその時の体制だってあっという間に壊れてしまうこともある。

小泉首相が首相の座を獲得した時がそうだった。彼はこの日本人の性向を実にうまくとらえて、政権の座につきそしてそれを維持してきたのだ。

今回の民主党の小沢氏登場のケースも実はそれと同じだ。あの民主党の不評ムードが彼の登場で一気に吹き飛んでしまった。登場に当たって、彼の政治姿勢とか、信条とかが問題になったわけでない。前の前原代表の
なんとなく若気のいたりみたいな後で、どっしりとしたのが出てきたので受けただけのことだ。

しかももともと小沢氏が主張している、「日本人よ自己を確立せよ」などという意味内容の理解などされていない。氏の就任にあたっての「日本は変わらなければならない」という言葉より、「私自身がまず変わらなければならない」という言い方が殊勝だと受け止めれたのが大きい。いや、謙虚であることは結構なのだが、その殊勝さがうけるというところがポイントなのである。小沢氏の主張、論理などより、皮肉なことにあの傲慢な男が、なんと殊勝な態度をなのかという点が受けたのだった。

小沢氏や民主党はこれで安心してはいけない。小沢新劇場はたまたま上手くマスコミ、大衆の受けがよかったようだが、そうした劇場型政治は小泉一座の方がはるかにうまいのである。小沢一座の今の受けがどこまで続くかどうか、それを政権獲得までどうつなげていくか、お手並み拝見したいものである。

tad

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英語教育は必要

渡部 陽氏のMLへの投稿をそのまま引用しています。
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tadさんが今週の意見かと思いましたが日本人の異質性のことを書いておられましたが同感です。欧米だけでなく兄弟の筈のお隣の韓国や中国とも異質です。一部の人は韓国や中国がおかしいといいますが、私はアメリカに住んだ経験や、多くの親日的な外国の友人からもいわれますが、やはり日本が世界でも稀な異質な国だと思います。

世界の外れの島国で異民族の征服を受けなかったためです。昭和の始めに日本が世界から孤立し、遂には世界を敵に廻して結果的に破滅しました。これはあながち軍部だけの責任とはいえません。(異質だから好きだという外国人もいます。)日本は市場と資源を世界に依存していますので今後我国の存亡のために世界からの孤立は出来ません。財政再建も改革も出来ません。また従来日本は東西文化の坩堝として世界に化貢献もしてきましたが今後も役割は大きいと思います。

以上前置きが長くなりましたが、英語を学ぶことは以上申し上げた我々が異質であるという認識のもとにに重要だと思います。2000年前の日本には文字が無く漢字や漢字で作った平仮名を作り出しましたが、当時の日本の支配層、文化人、技能者は韓国人、中国人が多くこれらの上層社会では韓国語、中国語が話されていたとい
われます。

正しい国語を大切にすることは重要ですが、国語は2000年の間に常に変化を遂げてきたこともよく認識すべきでしょう。

早勢 直 責稿

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April 10, 2006

小学生の英語教育

上記原さんのウエブ進化論に関連するトピックスです

「コンテンツをいかに発信するか(英語でも)の表現能力を養うことが>これからのサーバイブ法であり、教育制度も変えなければならない。英語も早い機会に習得した方がよいし、英語を学ぶことで日本語能力が>更に高まる教え方も開発可能だろう。」原 清氏

小学校でも週一学校で教えることになったようだが、いわゆる正規の授業でもなく、成績もつけない、補足授業みたいな形になるらしい。

小学校での英語教育については、石原慎太郎とか、藤原正彦(「国家の品格」)などが、国語教育もろくろくできていないのに英語教育とは何事か、みたいな発言をしている。藤原氏が国際人たるべき日本人としての教育、そのための国語教育をもっとしっかりやれ、という趣旨自体はよくわかる。しかし、英語教育など「百害あって一利なし」などといわれるのは果たしてそうだろうか。

原さんがWeb進化論の紹介文に書かれている、「英語も早い機会に習得した方がよいし、英語を学ぶことで日本語能力が更に高まる教え方も開発可能だろう」という説に私は賛成である。

小学校ではとりあえず週一、英語の歌や簡単な挨拶の会話など教え、とにかく英語になじむ機会を作ろうという意図はわかぬではない。しかしできるならもっとしっかり時間をとって教えてもいいと思うのだ。それが国語を教える上で、プラスになることはあってもマイナスになるわけがない。

国語をしっかり教えることは当然だが、英語を教えることがそのじゃまになるみたいな石原慎太郎の発言とか藤原正彦の考えは間違っていると私は思う。それでなくても時間がないのに、へんな教え方では中途半端になる、という意味なら分らぬでもないが、「百害あって一利なし」とは一体どういうことなのか。

どんなことばであれ、それにはその言葉の文化がついてまわっている。国語、日本の文化を教える上で、それは外国語や外国文化とのさまざまな比較を行いながらやることで、日本語の何たるか、日本文化のなんたるかを学べるはずなのである。

早勢 直

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「ウエブ進化論」について

話題の本について原さんがうまくまとめておられるが、たしかにそれは現実世の中で起こっていることだ。毎日いインターネットをやり、MLで意見交換をし、曲りなりにもホームページを週一回改訂し、毎日なにかBLOGに書き込もうとしている人間の一人としてはある程度、その意味はわかる。

しかし世の殆どの人、特に我々と同じ世代の人間が果たしてその世界のことにどれだけ関心を持っているかである。関心を持つ持たない以前にパソコンをやったり、それでインターネットを見てみようとする人はどれだけいるかである。

5%いる? 10%いる? そんなところじゃないですか。

早勢 直

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「ウェブ進化論」

MLへの原 清さんの投稿です。
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「ウェブ進化論」渡部さんからお借りして読んだ。いくつかのポイント。
ITが、そして近年はインターネットが社会革命を引き起こしつつあることは現実となっている。しかも「ムーアの法則」by Gordon Moor, 1965(半導体性能は一年半で二倍になる)に示されたように、IT関連製品コストが年率30-40%下落した如く、今,更に、Cheap Revolution (Rich Carlguard) へと進化しつつあり、社会はその恩恵を受けている。例えば、Open Source 化でソフトが無料、回線コストの下落、検索エンジンの無償サービス(Linux, Googleなど)が始まった。ハードにても、携帯電話受話器は型が古くなれば無料配布し、顧客を囲い込む。

映像・編集ツールや出版・放送設備も個人が入手できる価格帯になった。BBも低価で使用できる。Blogで誰でも簡単に発信できる。放送と通信が融合し個人も低価で活用できる。

総表現社会の到来である。低価で優秀な道具を使いこなし、どんなコンテンツをいかに発信するか(英語でも)の表現能力を養うことがこれからのサーバイブ法であり、教育制度も変えなければならない。英語も早い機会に習得した方がよいし、英語を学ぶことで日本語能力が更に高まる教え方も開発可能だろう。

インターネット広告も既存のmediaを浸食しつつある。旧態依然の出版界establishへも浸食し革命が起こりつつある。一部のベストセラーを除き、Long Tail(Chris Anderson)に残された書籍もAmazonは需用者を結ぶ。不特定多数無限大の自由参加を促し、自然淘汰の仕組みをLong Tailの部分に組み込む思想と技術がWeb 2.0 (Eric Schumit)。

GoogleをMicrosoftが1兆円で買収する噂があった(2004.1)が、株式公開時、2004.9、には3兆円、2005.10には10兆円。Microsoftの時価総額はここ数年30兆円前後で推移。ハード産業を高値で買収してきた日本企業は、新しい時代の変化を見過ごしてきた。 

原 清 Kiyoshi HARA

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日本人よ変われ

昨日朝のテレビは小沢一郎氏のオンパレード。
いやなかなか中身はありましたね。

特におもしろかったの田原総一郎とのインタビュー。「あんたが当たり前に変わってしまったらおもしろくない。今まで通りのイメージでいかなくては」と言ったのに対し、「いや、基本的にはなんにも変わらないがやはり人間関係意の中で、それをもっとスムースにいくようしなければならない」といっていた。わかるね。

いや、自民党との対立軸、小泉政治との対立軸についても、ちょっとわかりにくいところはあったが、これまでの代表より、選挙などの時より分りやすく説明してくれる可能性は感じられる。

なるほどと思ったのは、行政改革とか、官僚役割についての話。中央の官僚はつまらない仕事をやめて、それは大幅に地方にまかせ、もっと国家百年の計にたった仕事をせよ、というくだり。まさにそうだと思ったね。

リストラだの、能力主義だの、競争社会だのあまりにも当たり前のことのようにいうが、かっての日本の終身雇用制のいいところの見直しが必要だということもなるほどだったね。

早勢 直

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April 09, 2006

小沢民主党に期待する

今週の意見(468):

 民主党代表選挙で小沢氏が選出された。地盤沈下を続ける民主党にあって新登場ということが大きかったのだろう。64歳というから、結構年なのだが、民主党主としては初登板だ。だからもっと若いけれど、すでに二回も党首を務めた菅氏より新鮮に感じられたことが、なにより大きな理由であったのだろう。

 小沢氏が著作の中で書いている日本は普通の国にならなくてはならないという意味は分る。日本人はもっと自己を確立しなければならないという意味もわかる。戦後日本、日本はアメリカの占領政策の影響、民主主義教育の結果、自然な愛国心を忘れてしまった。もっと自然に自分の住んでいる地域や、そして国家に対して愛着を持ち、それを愛する、国のためにつくす、国家のためにつくすという精神を忘れてきたのではないかということだろう。それを取り戻すべきだということだ。

 それと今の日本人はあまりにも、画一的になってしまった。いつも他の人間がどう行動するか見ていて、大勢が右を向けば右、左を向けば左と付和雷同的である。もっとそれぞれ自分自身を確立する、自分自身の考え、規範をきちんと持つことが必要だ。そうしたものがないと例えば政治をよくすることもできない。

 今回の党首選挙では、一番の構造改革とは政権交代だという発言があった。そうだと思う。小泉首相がいくら構造改革を叫んでも官僚の汚職や不祥事がなぜ続発するか。それはやはり長い自民党の一党独占がずっと続いてきた結果である。政権交代があってこそ、その緊張感で政治そのものがよくなる。馴れ合いの官僚体制も一新されるということなのだ。

 そうした当たり前のことが、日本の国民にはわかっていない。今回の民主党の党首選挙を見ていても多くの政治評論家や、町の声もそうだが、要するにまず民主党の批判から始まるのが問題である。やれ、批判ばかりの党だ、党内の政策がばらばらだなどなど。それが結局は自民党を利することになる。

 民主党があらゆる意味において今自民党より劣っていることは明白である。しかし、民主党がより大きく育って自民党と対抗できる政党にならない限り、日本の政治がよくならないことは明白である。そのためにどうして大きなな目で二大政党を育てることが大切という戦略的発想を持てないのかである。

 当選後の記者会見を見ていて新聞記者のつまらない質問にはがっかりした。「党内融和のために菅氏をどう処遇するのか」そんなレベルの質問ばかりだ。小沢氏はなんだ、つまらない質問をするな、という顔をする。それがみえみえになってしまうところが小沢氏の悪いところであり、いいところなのだろう。

 彼は聞いて欲しいのだ。「今の混乱の日本を立て直す国家百年の計とは何か」と。これから自民党と民主党の対立軸はそういうレベルであって欲しい、あるべきである。

2006/4/8
早勢 直

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April 06, 2006

チューリップ

Tulipl

鉢植えのチューリップを毎朝観察していました。
ほんとは、こんな写真でなく、アニメで連続的に
見せたらおもしろかったのですが、うまくいきま
せんでした。

携帯電話のデジカメですが、写真自体は結構きれ
いに撮れてますね。

tad

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April 01, 2006

二つの監査機能

今週の意見(467):

二つの監査機能

 先週の意見でライブドアの監査法人が、粉飾決算を見落としていたのでライブドアの会計監査を辞退する、ということであったが、そんなことだけですまないはずだと書いたのが、やはりそうだった。ライブドア担当の二人の公認会計士が証券取引法違反で在宅のまま起訴された。当然のことだ。

 もう一つこれは殆どマスコミの話題になっていないが、指弾されるべきべきは取締役と監査法人だけか、ということである。逮捕とまでいかなくても知らぬ存ぜぬだけではすまない人たちがほかにもいる。

 事件の背景で忘れてはならないことがある。監査といえば、公認会計士だけのことでない。ライブドアも株式会社であるからには内部に取締役の執行業務を監査する監査役がいるはずだ。その監査役もおそらく名前だけのものであったに違いないのだが、その監査役もそんなめちやくちゃな粉飾決算にただ気がつかなかったではすまないはずである。株主から訴えられ、糾弾されてしかるべきことである。

 どうも監査役といい、監査法人といい、日本の場合その本来の役割を果たしていないケースが多すぎる。ライブドアや、カネボウなどの粉飾決算事件のようなものが起こると、制度改革論がまたぞろ出てくる。しかし実際にはもうそんなものは必要ないのだ。すでにある制度の中で、監査役といい、監査法人といい、その法律で定められた通りの任務を果たせば十分防げることなのだ。

 日本の企業のコーポーレートガバナンス、統治の仕組みはまだまだ不備が目立つ。が、その不備とは決して法律、規則、それぞれの担当社の能力などのことではない。そんなことはやってはいけない、こうすべきだという極めて基本的なこと、法律遵守の基本的精神が欠けていることが最大の問題なのである。

2005/4/1
早勢 直

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