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April 11, 2007

BLOGに挑戦しよう7:パソコントピックス79

Blog8s「問題意識」を育てる

今回はBLOGをやることにどんな効用があるのかということについて書いてみます。
NHKの趣味悠々のテキスト118ページに講師の佐々木博氏はBLOGの循環効果について書かれています。BLOGを続けることの循環効果とは:

1)いろんなことに興味がわく
2)BLOGに掲載する情報を入手する
3)自分が得た情報を発表する
4)コメントなど通して新しい刺激お受ける
5)新しいことに興味がわく

その通りで別に異論はありませんが、私は最初の1)いろんなことに興味がわくと最後の「5)新しいことに興味がわく」ということに着目したいと思います。

「いろいろなことに興味がわく」からBLOGを始める動機が始まるように書かれていますが、果たしてそうでしょうか。むしろもともといろんなことに興味がない、持っていないから、BLOGを始めてもさて何を書いていいのやらということになるのが本当でしょう。

それは別のことばで言えば、そもそもその人に「問題意識」がないということから始まるのだと思います。どんなニュースを見ようが、事件に遭遇しようが、優れた評論を読もうが、何も感じない、それが自分にとって、家族にとって、社会にとって一体なにを意味するのか、考えない。それを感じられる、考えることができるのが、「問題意識」があるということです。どんな事件であろうと、それが起こった背景というものが必ずある。どうしてそんなことが起こったのか、なぜ起こったのか、それを再発を防ぐためにどうしたらいいか。

さまざまな不祥事が起こると殆んどの場合、政治家、企業の責任者、官僚などが出てきて頭を下げ、「すみません、再発防止に努めます」で一件落着です。それが起こった根本的理由、背景、動機をきちんと認識した上で、その対策を立てるということがあまり行なわれらない。当時者はもちろん、被害を受けた方もあまりそのことを考えていない。日本では要するに多くの場合頭を下げれば大抵それだけでことは済んでしまうのです。責任者の切腹が伴うこともありますが。責任者が切腹したところでそれはなんら根本的な問題解決となっていないのです。

それが現状に大いに問題があるのに、現状をなんら変えようとしない日本人の「現状維持」の国民性に問題があることは先日のBLOGで書いたとおりです。

その問題意識をいったいどうやって涵養するか。私は今盛んに行われている日本の教育制度の見直し論はそこに最大のメスを入れるべきだと考えます。日本では知識教育、つめこみ教育が行われるが、「問題意識」を養う教育が大きく欠落しているようです。

物事を論理的に判断し、それについて論理的な議論を行い、討論を行い、一つの合理的な結論を導くいうディベート教育など全く行われていません。それはアメリカなどで教育と大きな違いです。

今アメリカでは次期大統領選びがもう始まっています。ヒラリーだ、オバマほか有力な候補がすでに沢山あがり、これからそうした人たちの論戦が始まります。国民はそれを聞いて誰が適任か判断しますが、それぞれの国民はどういう「問題意識」を持っているかによって取捨選択されていきます。日本ではまだ殆んどそういうプロセスが確立していません。そういう何人もの優れた候補者もいなければ論戦もありません。あるのはもっぱらイメージだけであることはご存知のとおりです。

もう熟年になった人たちに今更問題意識教育などできないかもしれませんが、BLOGをやる人が増えればそうしたことの問題解消に大いに役立つだろうと思います。もう熟年世代にあまり期待できないにしてもせめて学校教育、特に高校、大学ではBLOGを一つの必須課程にするのは一つ大きな具体的な教育制度改革改革になるのではないかと思うのです。

先日日大が全学でYahooからメールサービスの無料提供を受けるというニュースが出ていました。日大にかぎらず国公立私立を問わず全部そうしたらいいのです。そしてついでにつまらない大学での教養過程などやめて、BLOGでさまざまな問題を学生達が毎日提起し論争することを教養課程のすべてにしてもいいくらいです。

それは私のいう最上の「問題意識涵養教育」になるだろうと思います。なんでもいい。BLOGを始めてそれを継続していくうちに「問題意識」が涵養され、さまざまな新しいことにも興味がわくようになるのだと思います。

「継続は 問題意識を 生む力」

tad

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April 07, 2007

的外れな尾身大臣のNHK批判

今週の意見(520):

的外れな尾身大臣のNHK批判

松坂メジャー初勝利の様子をテレビで見て、「ああよかったな」と思った。昨日朝風呂にはいっていてNHK朝のTVニュースの大半を見過ごした。昼もタイミングが悪く特にNHKを含めて民放でも松坂のニュースを沢山みたわけでない。でも肝心はところは十分見れた。

昨日の昼、野球といえば4チャンネルだったか、韓国で今日本のプロ野球が注目を浴びている様子を伝えていた。それはイ・スンヨプ選手がいるからこそのことであることは言うまでもない。でもあの韓国で日本の巨人の人気が高いということを聞いてアンチ巨人の私だって悪い気がしない。

アメリカのメジャでの松坂人気、注目度は抜群である。昨夕ネットで松坂関連ニュースをチェックしていたがあるわあるわあらゆるアメリカ有名マスコミがあらゆる観点からこのニュースを伝えていた。野球のことだけでなく、ボストンの街で日本料理店が増えたことや味噌汁まで売れ始めたことを伝えていた。

レッドソックスが松坂獲得に巨額のカネを投じたのはただ野球のためだけでないだろう。松坂入団がもたらす経済効果ははかりしれないほど大きいのである。

しかもそれは単に経済効果だけでない。それはなにも今回の松坂に始まったことでない。これまで野茂、イチロウ、松井などがアメリカで果たしてきたグローバル化という意味での役割はものすごく大きいものがある。冒頭述べた韓国の日本野球に対する関心もその一例なのだ。グローバル化、国際化なんて言葉は難しいが要するにこういうことを通じて、互いの違う国の人間が親近感をいだいたり、反感を持ったり、またさまざまな新しい文化に触れたり、その違いがわかったり、そういう過程の中で相互理解を深めていくことなのだ。そのことがまさにグローバル化とういことであり、大げさに言えば地球の平和のために大切なことなのだ。

ネットでニュースを見ていて松坂関連のニュースもいろんな観点のものがあったが一つ気になったニュースは尾身財務大臣のNHK批判のだった。尾身大臣はNHKの連日の松坂報道は公共放送としてバランスを欠いている。他にももっと世界情勢で伝えるべきことがある、などという発言だった。

「日本の政治家の頭は相変わらず固いな」というのがこれを聞いた私の感想だ。何がバランスだ。そのバランスなんて一体どうやって計るのか。そんなものはかれるわけがない。はかる必要もない。

今アメリカでも日本でもただ野球フアンだけでなくいろいろな意味で松坂の存在が注目を浴びている。そうした関心にこたえてそれを報道することのどこが悪いのか。いやそれこそまさに公共放送の仕事ではないか。NHKのメジャー報道は今に始まったことでない。野茂の時から始まって、イチロウ、松井の報道も沢山あった。それについての批判は特になかったし、それでいいではないか。

仮に松坂がかってより多く報道の機会があったとしても、それだけの理由、背景があってのことだ。一体なにが問題なのだろう。

もっというなら松坂現象はまさに尾身氏自身がいう世のグローバル化ということの一番分かりやすい例なのだ。経済的な意味、文化的な意味でのグローバル化現象の絶好の例なのである。それを公共放送のNHKが多くの時間を割くことにはなんの問題もないというのが私の考えである。

2007/4/7
早勢 直

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April 06, 2007

ブログって何?:ブログに挑戦しよう2:パソコントピックス74

Blogds何事もそうだが、毎日当たり前のように使っている言葉の意味を改めて聞かれると困るものだ。一番正確にはブログって何だと聞かれたらブログだ、と答えるしかない。ちなみに例の'IT用語辞典で調べるとこうなる。まあじっくり読んでみてください。わかりました?

私はブログってなんだと聞かれたら、「日記」だと答える。それしかないし、それが一番近いだろうし、まちがっているとは思わない。上記IT用語辞典にはごちゃごちゃと説明が出てくる。そりゃ、ブログは20年30年前のパソコン、インターネットなんて全くない時代の日記とは違う。しかし、その本来の存在意義、目的、それをやる意味は、要するに「日記」なのだ。毎日の生活の中でその日の起こったできごとの事実関係、体験、それを通じて思いついた考え、感じた思いを伝えることである。

趣味悠々のテキストにも同じようなことが書いてあるが、その内容は人それぞれで違う、毎日違うことは当然である。

ブログを始めることを勧めると、「いや書くことがないですから」なんていう人がいる。私は一瞬思う。「えっ、何もない? どうして?」私はそれはさすがそれは口に出して言わない。そんなはずはない。

それは私に言わせると「私は生きて生活していません」と宣言しているようなものだ。人間だれしも毎日の生活の中で、さまざまな行動をし、考え、思いをはせることがある。あるはずだ、でない。あるのだ。どうしてそれが記録できないと言われるのか、言葉にできないのか、である。いや、その思いを言葉でなくてもいい。写真に託してもいいし、簡単な絵にしていいし、自分の好きな音楽にしてもいい、川柳や、俳句や短歌にしてもいいはずだ。その方法は無限にある。今パソコンをやっているのは、そうした手段方法を学ぶためのはずだ。どうしてそれを使われないのかである。いや、使われている方は沢山いらっしゃいますよ。

「それをブログの場で使ってみよう、やってみよう」ということだ。方法論ばかりいくらやってもなんにもならない。方法は一つ、二つ、三つも知っていれば、それを使ってその思いは十分伝えられるのではないか、ということだ。こちらもすでにやっておられる方は沢山いらっしゃいますよ。

「百見は一験にしかず」私のYahooBLOG冒頭メニューに書いているのはそのことだ。道具の価値は実際に使ってなんぼのものだ。道具ばかりにこだわってもなんにもならない。もう道具は十分使えるはずだから、実際にそれを使って「日記」を書いてみることだ。

tad

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April 02, 2007

日本政府は謝罪のコメントをすべきだ

「犯人は日本を侮辱」と父=英大使がメッセージ代読-ホーカーさん殺害: 時事通信

この事件はもちろんイギリス本国でも大きく報じられた。それについて街の声をTVが伝えていた。事件には驚いたが、これで日本印象がそれで一気に悪くなったという声が思ったより少なかったのでほっとしたものだ。

駐日大使が父親の「犯人は日本を侮辱した」というメッセージを代読した。これも一種の国際問題であり、外交問題なのだ。日本政府は被害者の家族に対し、日本国内で起こったこの痛ましい事件について、在住外国人の安全を確保できなかったことについて遺憾の意を表し、明確に謝罪の意を伝えるべきだと思う。それが国家として信頼を高め、威信を保つ最善の道ではないのか。

tad

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April 01, 2007

皮肉な結果

「悪い方へ向かっている分野、教育がトップ・内閣府世論調査」: 日経ネット

この内閣府の調査で悪い方向に向かっているものとして教育分野がトップになったことで安倍内閣、安倍首相、担当の伊吹大臣などがどうコメントしたのか、知りたいところである。安倍内閣が発足し教育改革に力を入れると宣言していろいろやりだした途端、未履修の問題やら、いじめの問題などが多発したのは実に皮肉な結果であった。

それは別に安倍内閣自体の責任というより、それまでの長年の教育行政の積み重ねの中で起こってきたのだが、安倍内閣が教育改革を声高に叫び、国民の関心が高まったことから国民の関心がより高くなったといういきさつもあろう。

問題は国民が、今の教育は悪い方向に向かっていると答える中で、それはただ政治の責任、内閣の責任、文部科学省の責任と考えるのでなく、学校だけでなく、家庭での教育、しつけなど親として必要なことをやってこなかった結果だとどれだけ反省しているのか、いないのかである。

この意識調査は、教育改革を叫ぶ割には何もやっていない、出来ていないではないか、というような空気が感じられるが、もちろんそれはそれとして、教育をいい方向に持っていくためには、ただ政治の音頭とりだけで解決するものでなく、国民一人一人がまず自分の身の回りの教育問題をそれぞれ真剣に考えることから始めないとダメだという認識をどれだけ持っているかであろう。

tad

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